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第8話

「な、何…」 「え、何って、静の手伝いに」 クスクスと笑いながら、近づいてくる。 捕食者の眼。 ぼくは本能的に距離を取るもが、ずいずいと近づいてきた斎に腕を取られる。 「いった…!」 「懐かしい〜、ほんと懐かしいな」 「何をふざけた…」 ぼくの腕をぐっと引き、項の辺りに顔を寄せる。 「静の発情期の匂い」 「…!!」 「どうして、って顔してる」 けらけらと笑い、そして、ぞっとするような眼を向けてこういう。 「オレから、逃げられると思った?」 ぐっと、背中から押さえつけられると、そのまま手をズボンの中に無遠慮に突っ込んでくる。 「…あっ、やめっ…!」 少し抵抗をしたところで、斎は面白そうにするだけだ。 むしろ、そうやって嫌がる者を征服することに悦びを覚えるタイプ、最悪な性格をしている。 「ほら、もう、こんなになってる」 「…や、」 ズボンが下ろされ、てらてらとした自分の性器がむき出しになる。 「ほら、気持ちよくしてあげるから」 「…あっ、あ…」 ガクガク、と膝から力が抜け、立っていられなくなりそうなところで斎が手を止めた。 「立ってらんないんだ。ベッドどこ」 「…い、から、も、出てって…」 へた、とその場にしゃがみ込むと、そんなぼくを無視して、バタ、バタ、と部屋中のドアをあけ寝室を見つけると「あった」と声がする。 「ほら」 半ば引きずるように寝室に押し込まれ、ベッドにどさっと倒される。 ジャケットを脱いで、ネクタイを緩めながら「ふぅ」と一呼吸した。 「静、すごくねっとりとした匂いだよ」 「え…」 「静の、発情期の匂い」 たまらないんだよね、そう言って外したネクタイでぼくの腕を頭上で縛った。 「痛っ、やだ、止めて…!」 「そんなこと言いながら、すぐ欲しがるくせに」 あ、そうだ、そう言って一旦部屋を出て、またすぐに戻ってくる。 手にはタオルを持っている。 そしてそれでぼくの視界を遮る。 その後、手に何か触れた気がした。 「やだ、ほんと、これ、怖いから…!」 昔の記憶。どうされるかわからない恐怖心がこみ上げてくる。 「嘘つきだなぁ、静は」 ダイレクトにぼくの熱に触れる。 「こんなに感じてるくせに」 「あっ…!」 「嘘つきはよくない」 「え」 熱を帯び、勃ち始めているそこに、何をぐっと嵌められた感覚がする。 「静には、よくわからせないと、だね」 「やめて、外して!」 ぼくの発言など無視して、乳首をぐりぐりと捏ねたり、時々つねったりしながらそれを弄ぶ。 「ひゃぁ…ん!」 びくびく、と腰が反る。 「乳首、硬くなってきたよ」 ちゅ、と口に含んだらしい。ぬるっとした感覚がたまらない。 「昔から好きだったもんね」 「…ぁあ…あ」 くにくに、と敏感になったところを押されて、声がでる。 「乳首だけでイける?あ、無理か」 そういえばコレ、嵌めてるもんね。 面白そうに屹立始めているそこを撫でる。 「やぁ…だめ、も…」 「ダラダラ、何流してんの」 斎がそれに刺激を与えてくる。 扱いてはやめて、扱いてはやめて、そんな弱い刺激が続き、腰が無意識に揺れる。 その責めが永遠に続くような絶望。 気がつくと斎は手を動かしておらず、ぼくを握っているだけだったのに、そこに懸命に擦り付けてるぼくがいる。 「静ってば、いやらしい」 「あ…」 羞恥に顔が熱くなる。 「でも、そんないやらしいことしても、イけないよ」 そうなのだ。ぐっと戒められいるせいで、籠った熱が放出できない。 タオルの下で涙が滲む。 「静、イきたい?」 「…え?」 斎の手が今度は後ろを弄り始める。 「ん、ぁっ、」 「すっごい解れてんだけど。相当自分でイジってただろ」 ぬっと、斎の指が一本挿入される。 中を掻き回しながら、強く感じるところに触れる。 「ひゃ…!」 ぞわっという快感に、びくっと体を反り変える。 2本、3本と指を増やし、何度もそこを触って、快感を味あわせてから、わざとそこに触れないよう指を動かされもどかしさに本能が斎を求める。 「あ、ちがっ…」 「自分で好きなところに動かせば?」 「んっ」 バタン、ふと何かの音がした気がするが、ぼくには何も見えないし、何よりもう体がそれどころではなかった。 「ねえ」 耳もとで斎が囁く。 悪魔のような声だ。 「|三角《さんかく》くん、て今の静の彼氏?」 「…え…」 「指紋認証ってやっぱり不用心だね」 さあっと、血の気が引く。 「せっかくなら、一緒に愉しもうかと思って」 目隠しが外される。先ほど手に触れたと思ったのは、ぼくのスマートフォンだったらしい。 机に置いておいたメモを見て、斎が連絡したのだ。 ぼくからの着信と思い、急いで戻ってきた様子で息のきれた三角くんが呆然と立っていた。 「知ってる?静はこうしてあげると、後ろだけでもイけるんだよ」 「や…やめ、お願い!」 「あ、見られてもっと興奮してるみたい。すごく締まってる」 「な、何して…」 三角くんの顔が、ぐっと歪む。 これまで見た事ない凶悪な顔をしてこちらへ向かってくる。 「一緒に、する?」 挑発するようにそう言って、ぼくの敏感な所に触れる。 「静には色々教えてあげたよ」 「ああっ、あっ!いやっ、ねっ…」 「バイトくんなんでしょ?なかなか味わえないよね、静みたいなカラダは」 ーーきみのこと、知ってるよ。 言外にそう言っていた。 きっと三角くんが大学に行くためにお金を貯めていることも、ピアニストを目指していることも。「静、わかるよね」 「…!」 わかる。 斎なら、父に頼んで、三角くんの将来を握りつぶすことなんか造作も無いということだ。 ぐっと斎の襟首を掴んで今にも殴り掛からんとばかりに拳を振り上げる。 「ぶっ殺してやる…!」 「三角くん、やめて!」 「静さんは黙ってて!」 「早く、殴るなら殴って。じゃないと静がいつまでもイけないよ」 喜劇を見ているかのように、斎は一人クスクス笑っている。 「三角くんの手は、殴るためのものじゃない!」 はっと、三角くんが手を止め、斎から手を離す。 「三角く…あっ、…!」 斎の手が、ぼくの中で暴れている。 これまで弱く弱く刺激を与えられてきた体には、過激すぎる刺激。 「静、彼氏の無作法は静が悪いよね?」 「ん、ん」 コクコクと首を振る。 「許してほしい?」 「ん」 「何て?」 「許してっ、斎」 「ゴメンナサイは?」 「ごっ、ごめんっ、なさっ…あっ、ああ、ああん!!」 「言えてないけど。まあいいや、オレのいうこと、ちゃんと聞く?」 「ぅん、聞くからぁ…」 「じゃあ、今、どうして欲しいか言って」 「あっ…」 達する寸前で中から指が抜かれ、孔がヒクヒクと疼く。 やめてほしい、イかせて欲しい、欲しい、もう、何も考えなくていいように、ぐちゃぐちゃにしてほしい。 「おねがいっ、いつ、きっ、ほしっ、斎の、欲しいっ…!」 「彼氏の前で犯されたいなんて、さすが淫乱」 これまでのものと比較にならない熱量が、ぐっと中に入ってきて、体がピンと張りつめる。 「ほんとだ、すごい欲しがってる」 「あっ、あっ、ああっ」 斎が乱暴に腰を揺らす。 放てない熱が、体の中で蠢く。 イけなかったものが、ついに中で広がり、びくびくと痙攣する。 射精とは違う、苦しい快楽。 知っている。狂いそうになる快楽に、思考の一切が吹っ飛んでしまう事も。 「あれ、イっちゃったの?」 ぐったりと力なく意識を失ったところから、斎は自身を引き抜いた。 「感じすぎるのも問題だね、兄さん」 そして、その熱を静の腹の上に放つ。 ドロドロとした熱い液体の感じがあって、うっすらと意識を戻す。 「に…」 「あれ、まだいたの?静も静なら彼も彼だね」 斎が、蔑むような笑みを浮かべ、ぼくを戒めていたものを外した。 「兄さんて…」 三角くんが愕然と立ちすくんでいる。 「あれ、初体験は実の弟だよって、言ってなかったの?」 わざとおどけたような声で斎が言う。 「可哀想だろ、若い男を誑かしてさ」 ネクタイを解くと、ぼくの顎を掴み、顔をぐっと寄せる。 「さ、静がせっかく謝ってくれたんだから、早く帰って。それともやっぱり一緒に混ざりたい?」「し、静さん、オレ…」 「も、いいの…」 「え…?」 涙が一筋、つーっと頬を伝う。 「最低だよね、キモチワルイでしょ…軽蔑したでしょ…」 「しず、」 「来ないで!」 びくっと、三角くんが体を強ばらせた。 「帰って…」 ーー行かないで。 本当は、そう言いたい。 また、バカみたいな魔王が聴きたい。 一緒にピアノも弾きたい。 まだ弾いてもらったことのない曲もたくさんある。 それにあの ーー甘く優しく響く『愛の夢』を、奏でてほしい。 でも。 もう、いい。 もう、終わりだ。 わかってる。 バタン、扉の閉まる音がした。 「…もう、ヤだ…」 そう、小さく呟いて、ぼくは世界に絶望した。

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