12 / 18

第12話

数日かけてオレたちは“静さん奪還作戦”の計画を実行した。 予想通り伯父さんは中丸家の住所を知っていたし、父に婚姻届を差し出すと、大して驚きもせず相手も聞かず「そうかそうか」と署名をしてくれた。 「今度絶対紹介するから!」と伝えると「楽しみにしてるよ」と笑っていた。 戸籍謄本も兄貴の友人という弁護士ーー確かに見かけはタレ目でチャラい人で、どうしてあの堅物の兄貴と友達なのか謎だーーが何てことない様子で取得してくれた。 そして、無事婚姻届が受理され、戸籍上、オレと静さんは夫婦になった。 そしていよいよ本丸へ乗り込む日がやってきた。 伯父には“結婚の挨拶へ行く”と伝え、住所を教えてもらったため、非常に、実の親以上に驚かれたが、気の利く伯父は「この日なら休みだよ。さすがにプライベートの予定は知らないけど」という予定と「がんばってね!」とエールをくれた。 きちんとスーツを着て、家からは黒いリムジンで出発した。 見かけの威圧感も必要だから、歩いてなんか行くなよ、と兄貴がアドバイスをくれたからだ。 運転手は昔からうちで働いているベテランさん。 理由を知っているのかいないのかわからないが「今日は坊ちゃま一段と男前ですね」と声をかけてくれた。もう、坊ちゃまはヤメテとずっと言っているのだが…。 相変わらず安全安心な運転はさすがだった。 車内でこれからのことを何度もシュミレーションする。 ーー感情的になるなよ と兄貴から何度も釘をさされた。 「そろそろ到着しますよ」 そう声をかけられると、立派な和風の門の前にスーっと車を止めてくれた。 ごくり、と唾を飲み込む。 意を決して車を降りた。 門に付けられている監視カメラが、ジーっとオレを映している。 ピンポーン インターフォンを鳴らす。 事前にアポを取るべきか悩んだが、話が弟に知られたら厄介だとアポなし突撃だ。 もしも不在だったらまた出直すことになる。 そわそわ落ち着かないでいると、「ガチャ」とインターフォン越しに女性の声がする。 「はい?」 「恐れ入ります。突然失礼いたします。私三角と申します」 「…何か御用ですか?」 「息子さんの件でお伺いしたいことがありまして、少々お時間よろしいですか?」 「何…?斎が何か…?」 この反応、もしかしたらあの弟が何かしでかしたのは初めてじゃないのかもしれない。 少しあって、門が開いた。 「…どうぞ」 使用人らしき人に客間に案内される。 和風の外装と違い、客間の内装は洋風のスタイリッシュな造りになっていた。 ーーここが、静さんの暮らしていた家か… そう思うと自然とキョロキョロしてしまう。 「いやあ、お待たせしてしまって済まないね」 その口ぶりとは裏腹に鷹揚な態度で一組の男性と女性がやってきた。 恐らくは、静さんのご両親だろう。 男性は着物を着ている。 その年齢相応の恰幅のよさと、深い皺が威厳を感じさせる。 涼しい目元がどことなく静さんと似ていた。 だが、静さんのように澄んだ目ではない。 幾度となく修羅場をくぐって、人の上に立っているのだろう。 一方女性は、しっかりとメイクやネイルを施し、派手目な洋服を着ている。 パーマのかかったロングヘアをひとつにまとめ、少々つり上がった目が印象的な人だ。 美人、ではあるがタイプではないな、と勝手に思う。 「斎の父です。こちらは家内の…」 「お休みのところ突然申し訳ございません。三角悠真と申します」 立ち上がっておじぎをする。 「それで、斎が何か…」 冷気を含んだ眼差しでこちらを見据える。 さすが、交渉ごとの百戦錬磨である。 「いいえ、そちらの息子さんではなく」 そう言うと、カッとなったのは母親の方だった。 「うちの息子は斎だけですよ!」 その言葉におれは今にも喰ってかかりそうになるのをぐっと堪える。 「そんなはずは、」 「静がどうかしましたか」 「あなたっ!」 「ええ、そう、静さん。最近行方がわからないんですよ」 「そうは言われても…静はもう何年も昔に家を出ましてね、どこで何をしているか、恥ずかしながら親の私もわからないんです」 お役に立てず申し訳ない、それだけ言って話を終わらせたがっている様子がありありと伝わってきた。 「その、失踪の寸前に、弟さんと静さんが一緒にいるところを目撃しておりまして」 「…斎と…?」 一瞬、2人の表情が険しくなる。 「弟さんなら、何かご存知ではないでしょうか?」 「知ってるはずないでしょう…!」 女性が高い声を上げ、バン、と机を叩いて立ち上がる。 「静、どれだけ私たちに迷惑をかければ気が済むの…!」 これだけの様子でも、静さんがここでどんな風に暮らしていたのか想像がついて、悲しいやら腹が立つやら、複雑な心境だ。 「もし、ご存知ないとなると、捜索願を出すしかないと…」 父親が、困ったな、という顔をしている。 「捜索願って言ったって、こちらは出す気はありませんよ」 「息子さんが失踪しているのに?」 「失踪、というか、先ほども申しました通り、静とはもう何年も音信不通…こう言ってしまうと情けないのですが、ほとんど絶縁状態なんですよ。本人は探してほしくないかもしれないところを、わざわざ捜索願とは…」 「まあ、そうだとは思ってました。静さんからもちょっと聞いてましたし。でも別に、捜索願を出してもらおうとは思ってません」 「はい?」 「出すのはオレが出します」 「そんなこと言ったって、他人が捜索願なんぞ…」 子供はそんなことも知らんのかね、と笑う。 「いえ、静さんは私の妻です。ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。オレ、静さんと籍を入れてるんです」 信じられない、2人ともそんな顔だ。 「静が…そんな、まさか…」 「ご存知ない?そうですよね、先ほどのお話からすると、もう何年も連絡もとってないそうですもんね」 でも、正真正銘夫婦ですよ、と戸籍謄本を見せる。 「…やだわ、あの子、こんな子供を…」 母親が、オレか静さんか、どちらに向けているのかわからない、侮蔑するような視線を遠慮なしに向けてくる。 「ただ、こちらとしても警察沙汰にはあまりしたくないですし…」 ねぇ、と視線を向ける。 「お互い、いいことないじゃないですか。だから、弟さんが何か知っていればと思いまして伺った次第なんですよ」 「申し訳ないが、お引き取り願えますか」 ふぅ、と一息つきながら低い声が響く。 「出したければ出せばいい。きみは警察なら何でもしてくれると勘違いしてるんじゃないかね」 「…捜索願を出したところで捜索などしてもらえないと」 その通りだ、と言わんばかりに父親が不敵な笑みを浮かべる。 「まあ、警察に知り合いがいないでもない、それとなく伝えておこう」 ーー警察に頼んだところでいくらでも握りつぶせる、と暗に言っているのだろう。 「そうですね、普通はそんなもんでしょうね」 手は汗でぐっしょりとしていたが、表情はにっこり、と笑って余裕を見せる。 「でも、オレも、警察に知り合いがいないわけでは…あ、直接の知り合いではありませんけど」 「ふん」 「どうしてもダメなら伯父に頼むしかないかな、と思ってます」 「ご親戚が警察官なのかね」 好きにしろ、と言わんばかりだ。警察の中でも相当幹部とお知り合いと見える。 だが、それで言ったらこっちも負けないーーはずーー 完全に他人の褌で相撲をとるような形だが、形振り構っていられない。 実際のところ、伯父にそういう知り合いがいるかどうかは知らないけれど、この人がいるっていうなら、伯父だって警察の偉い人の一人や二人知り合いのはずだ。 「いいえ、あ、そういえば、伯父がよろしくと申しておりました」 その言葉に、ふと父親が青ざめる。 「……三角…きみ、三角と言ったね…まさか…」 「恐らく、ご想像通りの『三角』ですよ」 なに、なんなの?と母親が 不機嫌そうな顔をする。 「…紀美子、斎を呼んでこい…」 「え?」 「早く呼んでこい!出かけてたらすぐにでも呼び戻せ!」 突然豹変した夫の様子にうろたえながらも、言われた通り息子を探しに行ったようだった。 「…まさか、静がね…」 三角家に嫁いだ、即ちこの家はうちとも、ーー遠くはあるがーー宮嶋とも親戚となるということだ。 きっといち早くそこに気付いたのだろう。先ほどとは対応が全く違う。 表情には笑みを浮かべて、話かけてくる。 目は全く笑っていないんだけど。 全く、あれほど自分で静さんとは縁を切っていると言っていたのに、迷惑な話だ。 「悠真くんと言ったかね、きみもやはりβなのかい?」 ああ、そういえば静さんが言ってたな。 ーー今の総理βでしょ。あの人、内心腸煮えくり返ってるんじゃないかな 本当に、そういうことを気にする人なんだな。 答えたくはなかったが、無視するわけにもいかないし、嘘をつくほどのことでもないので正直に答える。 「…αですよ」 「おお!そうかね!でもきみのお母様はβだろ、ということはもしや…」 「…お察しの通りですよ」 出生時検査の結果、オレも兄貴もααのαだった。 だから、穂積さんのお腹の中の子は調べずともほぼαで決まりだし、もしオレと静さんの間に子供が生まれれば、αということになる。 ーーもう、何なのこの家族、本当に不快。 よくぞこの家で静さんグレなかったな、と感心してしまう。 認めたくはないし、だからと言って許すつもりは微塵もないが、弟がああなったのも頷ける。 しばらくそんなオレにとって全く生産性のない会話を続けていると、バタン、と大きくドアが開き、 「なんだよ、こんなとこまで押し掛けてきて」 「…静さんを返してください…」 獣のような目つきの弟がやってきた。

ともだちにシェアしよう!