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第15話
勝手に婚姻届まで出された静にとって、もうこれほど驚くことは人生でそうないだとう、と思ったが、その後も驚きの連続だった。
まず、門前で控えていた黒塗りのリムジンにぎょっとして
「なにこれ!怖いよ!」
と言うと、悠真が言葉を濁して「さ、さ、怖くないから」と乗車を促してきたので、仕方なく乗車した。
そして着いた先が、とんでもない大豪邸。
静の実家もそこそこ大きいから、多少の大きさでは驚かないが、そういうレベルを超えていた。
「え、何、何なの、み…悠真」
「今三角くんて言いそうになったでしょ」
「…うん」
「とりあえずオレの部屋いこ」
そう言って引っ張っていってくれるのだが、屋敷ですれ違う人すれ違う人が「お帰りなさいませ悠真様」と声をかけてくる。
もう驚きすぎて言葉も出なかった。
「…どうぞ」
ガチャリ、とドアを開けて招かれた部屋。
初めて入る悠真の部屋。
まず目に飛び込んでくるのは
「…グランンド!」
この部屋で最も存在感があるスタインウェイのグランドピアノ。
「やっぱり静さんはそこにいくかー」
「いや、やっぱりっていうか、普通この部屋に来たらピアノに目がいくと思うよ…」
どう見てもこの部屋の主はあのグランドピアノだ。
その他はベッドと机と本棚、それにテレビ、コンポなど、広いが普通の部屋だが、グランドピアノが一つあると“普通の部屋”とはいえない、と思う。
棚には幾つもコンクールで獲得したと思しきトロフィーが飾ってあって、静はそれを一つ一つ眺めた。
「それにしても、意外と片付いてるね。もしかしてお手伝いさんとか?」
「失礼な…オレだって自分の部屋くらい自分で掃除します」
「…何が見つかるかわかんないもんね」
「…そりゃ健全な普通の男子の部屋ですから」
「…探そ…」
ふふふ、と静が楽しそうにきょろきょろしている。
やっぱり典型的にベッドの下かな、それとも本棚に紛れてたりして…
そう言って部屋を探索せんとばかりに動き出そうとした静の腕を取って悠真が止めた。
「…いや、ほんと勘弁してください…」
じっと悠真を見上げる。
参ったな、という顔をして頭を掻いている姿は、確かに普通の男の子なのだが。
「…ほんとに普通の男の子なの…?」
静が手を伸ばして頬を撫でる。
「…静さん…」
「何だかちょっと見ない間に、すっかり逞しくなって、知らない悠真ばっかりだから、驚く」
なにそれ、笑いながら静の手に自分のそれを重ね、握った。
「オレは普通の男の子だし、何も変わってないけど…」
握る手に、ぐっと力が籠る。
「変わったとしたら、静さんのおかげかな」
「…悠真…」
にこっと笑って
「でも普通リムジンで乗り付けたり、都内の一等地の豪邸に住んでたりする人が岡持のバイトなんてしないから、説明してくれる?」
表情は笑顔だけど、目の奥が笑っていない。
さすが静さん、雰囲気に流されないんですね。
「……します」
「ちなみにぼく、思い当たる節があるんだけど」
「え…」
「8828」
「?」
何かの暗証番号?符合しそうな数字を色々考えてみるも浮かばない。
「銘柄コード。旧三角土地開発株式会社、現TAG株式会社。代表取締役社長が、三角…たしか、一真。設立は確か…19…」
銘柄コードなんて息子のオレでも知らない。っていうか、そんなコードがあることも知らない。
「も、もういいです…その通りです…」
「やっぱり…」
「いつから気付いてたの…?」
「ここに来てからだよ!こんっな大豪邸に住んでそうな三角を検索したんだよ!」
検索って、脳内でってことだろう、どんだけの企業情報が詰まっているのだ。これじゃ歩く四季報だ。
「しかも、となると…ですよ」
もはや名探偵静だ。
「そうそう、もうその通りだから…」
「まだ何も言ってないよ!」
「伯父は宮嶋総理大臣です!」
犯人はお前だ!と言われる前に自白する。
「やっぱり!」
道理で…とひとりごちた。
「ぼくはてっきりずっと苦学生だと思ってたのに」
悠真を睨め付けると、ベッドの上にどかっと座った。
「…その方がよかった?」
「別にどっちでも」
両手を広げて肩を竦めた。
「なんにしたって悠真は悠真だし」
「静さん…」
静さんなら、きっとそういう風に言ってくれると思った。
「ありがとう」
「!」
悠真にそう言われて、ばっと顔を上げたかと思うと、すぐに下を向いてしまった。
「ど、どうしたの…?」
その問いかけにも無言で立ち上がり、悠真に近づいたかと思うと、ぎゅっと抱きついて、顔を埋めてきた。
「それはこっちのセリフ…」
「え?」
「…ありがとう」
半分顔を埋めたまま、目線だけを上げて。
「もう、二度と会えないと思ってたから…悠真が有名なピアニストになったら、そのときこっそりコンサートに聴きにいこうとか考えてた」
「そんなこと考えてたの?」
「うん。想像の悠真はすっごくかっこよかったよ」
「…ちなみに聞くと……何弾いてたの」
「ショパンの練習曲 」
「…ハードル上がるなぁ…」
苦笑いする悠真を見て、くくく、っと静が笑う。
「言ったでしょ、ショパンは苦手だって…」
「童貞呼ばわりされるから?」
いたずらっ子のような表情をして言われたくないことを言う。
「ひどい…」
うげっと顔を歪めると背伸びをして頭を撫でてきた。
「大丈夫大丈夫」
「そう?」
「きっともう言われないよ」
何で?悠真は聞き返さなかった。
自分でも、なんとなくわかる。
一人では決して味わうことのできない感情を、これまで知らなかった苦しみや喜びや、そして深い愛情を…。
ーー静さんと一緒にいると、自分でも知らなかった自分が顔を出す。
そして今も。
「……ダメだ…」
ボソっと悠真が呟く。
「ん?」
「…オレずっと気になってることがあったんだけど…」
突然がしっと肩を掴まれ、思わずびくっとする。
「何?」
「それ…今着てるの、あの弟の服だよね…?」
見るからにサイズ合ってないしね、確認すると、静はそれが何か?と言わんばかりにきょとんとしている。
「え?ああ、うん、そうかもね」
「…静さん…」
つまらない嫉妬を。
「???」
ただならぬ雰囲気を感じ後ずさろうとするも肩を掴んでいる手がそうさせてくれない。
「…もう、かわいいオレの奥さんが他人の男の服を着て迫ってくるって、色々頭の中が限界だよ!」
「え…」
「脱いで。っていうか、脱がす」
ドサ、そのまま優しくベッドに押し倒された。
「ちょ、ちょっと、悠真…!」
「大丈夫、オレの部屋防音になってるから」
「そ、そういうことじゃなくて…」
悠真の指がパーカーのジッパーにかかり、ジーっという音とともにそれを下げていく。
次第に露になる肌に息を飲んだ。
最後まで下ろすと腕を脱がせ、剥いだパーカーをゴミ箱に向かって投げた。
ガツっとプラスチック製のそれに当たると、中に入りきらず倒れてガタっと音がする。
「ちょ、ちょっと…!」
「大丈夫」
「んっ」
ちゅっ、と軽く口づけて
「優しくするから」
仰向けの静に覆い被さるように悠真が唇を重ねた。
数回唇と貪って、ねっとりと生暖かい舌が入ってくる。
静の歯列をなぞると、甘ったるい吐息が漏れる。
「…ん、ぁふっ…」
これまでの空白を埋めるよう、お互いの舌を夢中で絡めた。
静の存在を確かめるよう撫で回していた手が、胸の薄紅色に触れると、その体がびくりとした。
両手指で、小鳥の頭を撫でるように優しく柔らかく捏ねるとその声はますます甘みを増していく。
「…んんっ…あんまり、ぐりぐりしないでぇ…」
「ん?気持ちいいでしょ?」
こりこりしてきたよ、と輪郭をはっきりとさせた左側のそこに舌を硬く立てて舐める。
「ひ…っん…!」
舌で転がしたり、吸ったり、片側だけを責め立てる。
「イイでしょ…」
「ん…」
「あっちは、どうする?」
そう言って右側に目線を向けながら、一層の刺激を与える。
「あ…はんたいも、…して…」
頬を赤らめながら言われると、思わずニヤリとしてしまう。
リクエスト通り反対も口に含むと静が気持ち良さそうに声を漏らした。
ちらりと下半身を見ると、スウェットの上からでもわかるくらい勃ちあがっている。
「ああっんっ…!」
布越しに握ると湿り気が伝わる。
静が腰にぐっと力を入れた。
「…静さん…もしかして…」
「な…なに…?」
だいぶ息も上がり涙目な静の様子を見ているだけで、自身の下半身が大きくなるのを悠真は感じる。
握っていたそこから手を離すと、グレーのスウェットが水気でそこだけ色が濃くなっていた。
「下着…履いてないの…?」
「…!」
かぁっと耳まで赤くして静が羞恥に悶えている。
「…も、もらえなくて…」
「……」
下着もつけてないって…、そう思うと静が悪いのではないことは百も承知であるが…
であるが、それで余裕でいられるほど大人ではない。
「どうせこのスウェットも捨てるから…」
ぼそりと呟いて自分に言い聞かせる。
「え…?」
「ほら、イイでしょ…?」
数回スウェットを擦ってそこに刺激を与えると、嬌声を返される。
スウェットから手を離し、硬く敏感になった胸のところに更に刺激を与え続けると、体をくねらせながら自身をスウェットに擦り付け始めた。
ーーエロい…
「あっ、ダメ…も、イっちゃう…!」
「静さん、自分でしてるんだよ」
「…はぁん、ゆ、ま…の、いじわるっ…あっ、あっ…!」
静がびくびくっと体を痙攣させている。
スウェットの中に手を入れ直接触れると、もうぐちゃぐちゃだった。
「イっちゃった」
「…も、ばかぁ…」
顔を腕で隠していたが、その腕を剥がしてちゅ、と目元に口づけした。
静の下半身を履いていたもので軽く拭ってから脱がして捨てる。
「…ぼくだけなんて、ヤだ…」
悠真も、脱いで。
そう可愛くおねだりされては、イヤとは言えない。
上も下も脱ぎ捨てると、悠真のそれも既に大きく天を向いていた。
「悠真…」
今度は悠真が横になって、と促され言われるがまま上下を交代する。
そして、静が悠真の屹立したそこのてっぺんに口づけをするように当てたかと思うと、そのまま少しずつ口を開いて奥まで飲み込んでいく。
「…んっ!」
熱の籠ったところが、静の口腔で愛撫される快感に、今にも吐き出しそうになる。
「…ぁっ…静さん、も、こっち…」
「んっ…」
言われるがまま悠真の顔の方へ下腹部を向けると、悠真もそれを口に含んだ。
「…んっ、んっ…!」
お互いがお互いの口で慰め合っている、ぬちゅぬちゅという音がなんとも卑猥に響く。
体をびくびく震わせ、四つん這いが少し辛そうになってきた静の後ろ孔まで下を這わせると、背を反らせて大きく反応した。
「…あああっ、ダメっ、ずるいっ…!」
「…ずるいって…」
既に十分濡れている後ろに指を入れ、内壁を優しく掻き回す。
ぷくりとしたところに触れると、一層の反応を示した。
「ひゃっ…!」
「みっけ」
「あ、あああ、…そこっ…」
指を増やし、更に不規則に責めるといよいよ力が入らないというようにへたり込む。
「静さん、すごくヒクついてる…」
うつ伏せにされ、尻を突き出す形にされた静は、指が動くたび疼く腰の熱がいよいよ我慢の限界となって、無意識に腰を動かしてしまう。
その様子を見て
「挿れていい…?」
と悠真がささやくと、何度も首をこくこくと縦に振った。
「あああああっ!!!」
これまでのものとは比べ物にならない圧迫感だが、よく解されたそこは悠真をぬるりと飲み込む。
「…っ、入った…」
「…んっあっあっ、やっ…!」
熱いものの律動に合わせ、敏感なところを刺激されるようで、静が淫らな声をあげた。
「ナカ、すごい絡み付いてくる…」
「ひゃっ…!」
静は快感に耐えるようにシーツをぎゅっと握りしめている。
ベッドに頭を埋めるように下げ、白い項が露になる。
思わずそこを甘噛みし、舌で舐める。
「ぅ…んっ…」
恍惚とした声。
御馳走を目の前にお預けをくらっているかのごとく、生唾をゴクリと飲み込む。
「ね、いい…?」
何が、とは聞かない。
ハアハア、と荒い呼吸の中からややあって「…噛んで…」という静の言葉が聞こえる。
それが合図で、獣が獲物に食らいつくように、悠真は静の項に歯を立てた。
「…ひゃっ…あああん!」
目の前がチカチカし、意識が飛びそうになる。
これまでに味わったことのない快感が、背筋を通り熱の中心まで電撃にように走り、瞬間、静は白濁した液を零し達した。
それに合わせるかのように、後ろがぎゅっとし、締め付けが強くなる。
「あ、も、オレも…」
「中、出して…」
「え、」
「だいじょぶ…お願い…」
意識の朦朧としている静の言葉を、鵜呑みにしていいのか、と思ったが、どうこうする余裕も悠真にはなかった。
言われた通り、静の中に自身の精を吐き出し、互いに果てた二人はしどけなくベッドに横たわった。
行為のあと、意識が途切れるように眠りに落ちていたらしい。
目覚めたとき、体の不快感はなかった。
悠真が身を清めてくれたに違いない。
その代わり、美しく切ない旋律がこの空間を充たしている。
ぼくが眠っていたからだろう、控えめなタッチで立派なグランドピアノを奏でている。
言葉にならない暖かい感情に涙が零れそうになるのを堪えながらその演奏に耳を傾けた。
有名な少し古い映画の曲だ。
この曲が流れるラストシーンが思い起こされる。
「…悠真…」
だいぶ掠れた声しかでない。
ぼくの声に反応して、悠真が手を止めた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん」
ベッドに踞りながら、あんな美しい曲を聴けるとは。
「ピアノ、やめないで」
なんて贅沢で、幸せな時間。
ふっ、と悠真が笑って続きを弾き始める。
「この映画見た?」
「…見たよ」
裸のままのぼくは、毛布を巻いてベッドから抜け出す。
ちょっと体が重いけれど、心地よいだるさだ。
断りなく椅子の横に座って、体を寄せる。
「どうしたの?」
そう言って悠真は柔らかく笑う。
ぼくは何も言わず、ただ、ちゅ、と口づけた。
悠真の手が止まる。
「キスしたくなったの」
これまで鍵盤を弾いていた腕がぼくの頭まで伸び、そのまま項に触れる。
歯形の辺りをさわさわと撫でられるのは、少しくすぐったい。
「本当に、オレたち番なんだね…」
「そうだよ」
コツ、と額を合わせ、今度は悠真からキスを返された。
お互いにふっと笑う。
「ね、また何か弾いてよ」
「奥様の仰せのままに」
ぼくがねだると、おどけた調子で悠真がピアノに向かう。
「何をご所望で?」
「そうだな…」
悠真の長くて美しい指が鍵盤の上を駆けるたび、甘い香りの音色に空気が震える。
彼の愛が溶けた雨が、ぽつぽつとぼくの上に降り注いで、体に、心に、染み渡る。
砂漠みたいにカラカラだったぼくの心が、今はもうその雨で満たされている。
まだぼくたちの人生は始まったばかりで、これからどんな困難が待ち受けているか、そんなことは誰も知らない。
でもきっと、もうぼくの心が渇くことはないだろう。
いつだってこうして、彼の愛が降り注いでいるのだから。
Fin.
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