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第5話

ゆったりとした構えから、丁寧に鍵盤に向かい、ぽろりぽろり、と零れてくる音。 え、と頭で考える間もなく僕は思わず赤面した。 顔が、体が熱くなる。 心臓がばくばくと、大きな音を立てて、変な汗が流れる。息が止まりそうだ。 目の前の彼はひたすらにピアノに向かっているから、ぼくのことなど見えているわけがないのがせめてもの救いだと思う。 でも、どうしよう。 演奏が終わってしまって、それまでに冷静になれるだろうか。 …無理だ、無理無理、絶対無理。 仕方がないから両手で顔を塞いで俯いた。 次第に艶を増す、聴けば聴くほど美しい音。 甘く、官能的で、激しい曲ではないのに、狂おしい。 ぼくの心が暴かれてしまいそうな音。 この曲を、彼は、三角くんは、どんな顔で奏でているのだろうか。 静かに、最後の音が鳴る。 それでも、空気に溶けた音がまたふわふわとこの部屋を満たしていた。 くるり、とこちらを向いてぼくをじっと見つめる。 何だというのだ。 確かに、口に出すなと言ったのはぼくだけど。 今は何か言ってほしい。 どうして、そんな。 「静さんの匂い、すごく、あまい」 顔は見えなくても、伝わっている。 なんという不便なカラダ。 ーー愛の夢 これほどまでに甘美な音は、聴いたことがない。 すっと椅子から立ち上がり、ぼくの方へ向かってくるとぼくの前にきて膝を抱えながらしゃがみ込んだ。 「伝わった?」 こちらを見上げる大きな瞳がぼくを捉えて離さない。 さっきまで床で転げ回っていた人とは思えない、「オトコ」の目をして。 「大人を揶揄わないで…」 「揶揄ってなんかないよ」 顔を覆っていた手を取られ、あの大きな手がぼくのそれをすっぽりと包み込む。 「…心が乱されるの、好きじゃないんだ」 「乱された?冷静な静さんが?」 ちょっと意地悪な顔をして笑う三角くんが見える。 「き、気付いてると思うけど…」 「なに?」 「ぼく、Ωだから」 「うん?」 「…だから、その…匂いで、そういう…気持ちに…」 「勘違いしてるんじゃないかってこと?」 こくり、と頷くと、ぎゅっと抱きしめられた。 「それはない。一目見て、体中がビリビリしたんだよ」 「お味噌汁忘れたとき?」 くすくす笑うときまり悪そうにしている。 「あ、あれは…あれだって」 「ん?」 「完全に一目惚れだったから、もう、どうしようって思って、咄嗟に…」 ほんとは、ちゃんとあったんだけど… と、いたずらのバレた子供のように白状する。 「え、そうなの?」 「そうだよ、オレの心の乱され方は静さんの比じゃないの!」 三角くんの手が、何度もぼくの頭を撫でた。 うっとりするほど気持ちいい。 「だから静さんだってちょっとくらい乱されてよ」 こつん、と額がぶつかって、次に唇と唇がぶつかる。 「キス、しちゃったよ」 「…しちゃったね…」 どちらともなく、ふふ、と笑い合う。 そして、どちらともなく唇を求める。 ざあざあと降る雨音がBGMのようだ。 その中で、お互いを求め合う、くちゅ、くちゅ、という唾液のが響く。 「ん…雨、ひどいね」 「オレ、今日、傘忘れちゃった」 「え」 「閉じ込められちゃったね、雨の檻」 「ばか」 傘を貸してあげる、という選択肢がないわけではない。 でも、それを選ばない、選べない。 「…泊まってっていいよ」 「よかった、今日傘持ってこなくて正解だった」 そう言って屈託なく笑う。 どこまで用意周到なのだこの男は。 「あ」 そういえば、と立ち上がり自分の荷物を漁り始める。 「あったあった」 「え?」 人差し指と中指の間に挟んでにやりする。 「コンドーム」 「…いつも持ち歩いてるの…?」 「マナーとして」 「どんな高校生活送ってきたの…」 思わずげんなりとしてしまう。 「だから、マナーってだけです」 「…」 さすが、童貞を頑なに否定するだけのことはある。 「でも一つしかなかった…」 「ば、ばかじゃないの!」 「貴重な1回になるね」 「最初で最後の1回にならないといいね」 「ひどい…」 そう言うと、ぼくを軽々と抱き上げた。 「わっ」 「最後にしたくならないようにしてあげます」 ベッドルームどっち?あっち?と家主の話も聞かず、ずかずかとぼくを運び、ベッドを見つけると、後ろから抱きかかえる格好でベッドに腰を下ろした。 「夢みたい」 後ろから器用にシャツのボタンが外される。 三角くんにも脱いで、と伝えたら、躊躇いなくカットソーを脱ぎ捨てた。 何度かぼくの頬を撫でたあと、甘い口づけが始まる。 「…っ…ふ…」 ぼくの唇を割って、彼の舌が入ってくる。 それだけで腰のあたりがゾクゾクしてくる。 「静さんは、どこがすきなの?」 耳元でそう囁いて、そのまま耳朶を甘噛みする。 「あっ、」 「どこでも舐めてあげる」 唇で耳朶を弄び、舌を這わせてくる。その動きに思わず身を捩る。 「…ぁん…」 そして気がつくと、胸の辺りをまさぐり始める。 耳と胸、敏感なところを責められて否が応でも下半身に熱が帯びる。 「勃ってきた」 いたずらっ子の声がする。服の上から目視できるくらいぼくのそこが上がってくる。 「…はっ、ん、もう、あんまり、いじらないで」 「ここ?」 「ぅん…!」 くにくに、と胸の飾りを愛撫され続け、息が荒くなる。 「あ、腰…当たってる…」 ぼくだけじゃない。こうしてぼくを責める三角くんの方も大きくなっているのがわかる。 それと比例するように、彼のオトコの匂いがわき上がってくる。 いつもの甘くて爽やかな匂いとは違う、野性的で官能的な匂いだ。 その匂いはぼくにとってまるで媚薬のようで、体が蕩けていきそうになる。 「ん、だって、たまんないんだもん」 そう言うと、ぼくのズボンと下着を器用に下ろし、自分の足をぼくに絡めてぐっと拡げた。 既に天を向いているそこが丸見えになって、羞恥で身悶える。 「やっ、三角くん、恥ずかしっ、から」 「そんな静さんもかわいい」 ちゅっと、首筋にキスをし屹立したそこを掴むと、扱き始める。 「ぬるぬるだね」 「んっ…はっ、や、ダメ…」 淡い刺激を与えられ、呼吸がするのも苦しくなる。 頭を横に振って静止を求めても手の動きは止まらない。 「はっ、ぁあんっ…!」 自分のものとは思えない声が出て、自分のカラダとは思えない腰が、無意識にくねる。 「カチカチになってきた」 「イっちゃうから、も、」 「いいよ」 耳の中にぬるりとした感覚があり、ぞわぞわと音がする。 「あっ、あっ、も…!」 体中の熱がこの一点に集まってくる。 瞬間、ビクン、とこみ上げるものがあって、どろどろとした熱を彼の手に吐き出してしまった。 「や…」 熱で目が潤んでくるのがわかる。 「失敗した」 「え?」 「後ろだったから静さんのイキ顔よく見らんなかったや」 「ばか!」 「だからこっち向いて」 ふ、と笑って向き合うように抱きかかえられる。 両足を開いて、手も足も三角くんにぎゅっとしがみつく状態にされると、丁度後ろが開く。その淵を触るように浅く指を出したり入れたりしてぼくの様子を愉しんでいる。 「こっちも濡れてる」 「ひゃ…」 抱きついている腕に力が入る。 妊娠ができる性は男性でも、性的な快感があると女性のように孔が濡れる。 ちゃんと挿入しやすいようにできているのだ。 彼の長い指がぼくの中に入ってきて、反射的に仰け反った。 「気持ちイイ?」 「あっ、ん、知らないっ」 「知らないって…」 中で指がくっと曲がる。 「ひゃあ…!や…」 「すごい、ぐちゅぐちゅだよ」 そう聞こえたあとで、何か言われた気がしたが、理解する前に中の刺激増す。 ーー指、増やすね と、言っていたか、とようやく理解が追いつく。 カラダばかりが彼を求めて、思考が追いつかない。 「力抜いて」 「あ、ごめ…」 かなり強く三角くんにしがみついていたと思う。 腕を緩めると、彼と少し距離ができる。 そうじゃない、というように彼はふっと笑った。 「痛い?」 ぼくは子供のように首を横に振ってこたえる。 「ん」 できた距離を埋めるように、ぼくの胸に三角くんが顔を埋める。 狙いを定めるかのように鎖骨を舐めて、少し強めに皮膚を吸うと忽ち紅く彼の印が刻まれる。 「ちょ、ここ…」 服によっては見える、そう抗議しようとすると、少し乱暴に唇が塞がれた。 「んっ、んんっ…」 ふぁ、っと離されると、三角くんが口を尖らせている。 「見えない服着て」 「えっ」 「いつもの部屋着はダメ」 わかった?と言ってぼくの中を掻き回す。 「ばっ、か、ぁあ、も、ひぁ…!」 「ここ?」 「や、ちが…」 どうしようもなく体が疼くところが発見されみつかってしまう。 攻め立てられれば、どんなに抵抗してもしきれない。 「返事は?」 「ゃ、ん、わかった、からぁ」 快楽に涙が滲む。 「やだ、ほんと、そこ、イヤ」 「イヤなの?また勃ってるけど?」 「んっ!」 言われた通り、さっき達したばかりなのに、そこはまた硬く熱を帯びている。 「まだ、…イきた、く、ない…の…」 はっ、はっ、と浅い息で訴える。 「みすみ、くんっ、いっ、しょに…」 「…」 中を弄んでいた指がぬっと抜かれる。 「そんなこと言われたら、オレ、もうダメ…」 ベッドの優しく倒される。 ぼくに股がるような状態でズボンを脱ぎ始めると、中からぬらぬらと大きくなったものが見える。 あれが挿入されるかと思うと、これから訪れるであろう快楽を想像して、また体が疼く。 ーー欲しい とぼくの体が言っている。 さっき準備してた避妊具を装着すると、膝が割られる。 「挿れるよ」 「あ、ああっ…!」 体を貫くような衝撃が腰から背骨から、そして脳へと信号を送る。 「すごっ…」 三角くんが呟く。 十分解されたそこは、深く彼を飲み込む。 始めはゆったりとしていた腰の動きが、次第に激しく打ち付けるようになってゆく、その動きに合わせるように、声と息が漏れる。 「はっ、あっ、…!」 彼の手が、ぼくを限界へと導く。 先ほどとは比べ物にならないくらいの熱がぞわぞわと、体の中で蠢いている。 「ああ、ん、も、ダメ、むり、むりだからっ…!」 ぎゅっと、シーツを握りしめる手に力が入る。 「あ、イキそっ…」 ぐっと掻き回されると、頭の中が真っ白になる。 「やぁ、あ、あああっ!」 そして瞬間、何かが稲妻のように体を駆け抜け、白濁した熱を放出する。 程なくして、自分の中に挿入されはいっていた三角くんからも、どくどくと熱を感じる。 「気持ちよすぎてやばい…」 息も絶え絶えにそう言って、ちゅ、ちゅ、と軽く口づけをくれる。 ぼくはとても言葉なんか発せられる状況ではなく、おぼろげな意識の中、その口づけを心地よく感じている。 「あーあ」 三角くんが不満げにため息をこぼす。 「オレなんで一個しか持ってなかったのか後悔してるところ…」 「…もぉ…ば、か…」 ぼくは一個で本当に良かったと思っているところ… こんな快楽、あれ以上続いたら死んでしまう。

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