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第2話

「命が喜びそうだ」 「み、こ…と?」 俺は物思いにふけっていたため、男が言った名前をそのままおうむ返しにしてしまった。 「私は(たつみ)。この館の主人をしている。命は…まぁ、会えばわかるかな」 男が俺から手を離して元居た場所へ戻って行く。 巽は机の上に置かれている時代劇にでも出てきそうな持ち手の付いた灰皿に煙管の灰を落としている。 そして、その灰皿に備え付けられている引き出しから何かを取り出し、指先で丸め煙管の先端に入れた。 そこにマッチで火を着けると再び煙管の先端から煙があがる。 巽がそれをひと吸いして今度は口から煙が吐き出される。 その一連の動作がどうも絵になっていて俺はそれをぼんやりと見つめていた。 「君は借金の形としてここに来た訳だけど、しばらくは何もしないから安心してね」 「借…金?」 「へぇ…あの女随分上手く隠してたんだ」 巽は再び煙管をくわえると、興味無さげに呟いた。 あの女とは誰の事だろうか。 巽の言葉を考えたくないが俺の背中には冷たい汗が流れるのを感じる。 「君の母親はギャンブルにハマってるみたいでね。金に困って、君を売ったんだよ」 「…!!」 「まぁ、君を担保に金を借りたって方が正しいかな?」 この男は何を言ってるんだろうか。 確かに俺の家は裕福ではないが、でも貧乏ではないごく平凡な家庭のはずだ。 そんな借金だなんて…。 母さんもそんな借金をしている様子も無かったのに、きっとこれは何かの間違いだ。 「信じられないって顔だね?でも、これが借用書」 巽が灰皿の引き出しから取り出した紙には何やら書かれているのが見える。 俺がその紙を確認しようと一歩踏み出すと横に居た橋羽に肩を掴まれ、前に進めなくなってしまった。 「橋羽…大丈夫」 「はい」 巽が橋羽に声をかけると、肩から手が退いた。 俺は急いで巽の元に駆け寄るとその紙を引ったくるように奪い取った。 「うそ…嘘だ…」 そこには俺を担保に金を貸し出すと書かれており、下には確かに母さんの字でサインと判子が押されていた。 「この館は大きな質屋みたいなものかな。ただ普通の質屋と違うところは生き物も扱っている事と、それに需要があるってこと」 「そんな!」 「だから、命の部屋の中のもの以外は売り物もあるから無闇に触らない様にしてね」 巽の言葉が信じられず手に持っていた借用書を強く握ってしまい手の中からはグシャッという音がする。 「でも、母親はすぐにお金を返して君を迎えに来てくれるって何度も言っていたみたいだから、悲観的になる必要はないよ?ねぇ?橋羽?」 「はい。何度も何度も頭をさげておられました」 母さんは俺の事が嫌いな筈なのに…巽と橋羽の言葉に俺はこんな状況なのに嬉しさが込み上げてきた。 「ではこれはもう要らないね」 巽が羽織の袖から小さな鍵を取り出すと俺の手にかけられていた手錠が外される。 俺が少し暴れたせいで手首には赤い後がうっすら残ってしまっていた。 「ではこの館をご案内しよう」 巽は煙管を灰皿に置くと羽織をひるがえしてドアの方に歩いていく。 俺は橋羽に背中を押され巽の後についていく。 巽と俺の後を橋羽がついて来ていた。 + 館の中は和洋折衷な調度品がところ畝ましと並んでいて、その中には大きな透明なガラスケースの中で作り物の様に動かない蛇や、別のケースにはカラフルな色をした鳥が止まり木にとまっている。 水槽には大小様々な魚が優雅に泳いでいるし、珍しい動物なども居てさながら動物園みたいだ。 「この部屋だよ」 巽が立ち止まった部屋は真っ白で金のドアノブがついたなんの変鉄もない部屋に見えた。 しかし、この部屋は館の一番の奥だろうか廊下の突き当たりには大きな窓がありそこから太陽の光が入ってきていた。 巽がまたしても羽織の袖から今度は大きな鍵を取り出す。 アンティーク風の鍵をドアに差し込むとガチャンと鍵が開いた音がする。 「紹介するよ。ここの住人だ」 俺はごくりと息を飲み込み、意を決して部屋の中へ入った。 部屋の中は思いの外広くてぬいぐるみやらブロックなどのおもちゃが部屋の隅にころがっているのが見える。 しかし、肝心の人の気配がしないので俺は拍子抜けしてしまった。 「おーい!みーこーとー!お客様だぞ~」 「え!お客さま!」 巽が叫ぶと、どたどた騒がしい足音と共にぬいぐるみを抱えた男の子が部屋の奥から走ってきた。 「お客さまどこ!ひさしぶりのお客さま!」 舌足らずなしゃべり方の男の子は俺の前で止まると俺の事をじぃと見つめてきた。 男の子は胸元にふわふわしたレースのあしらわれたブラウスに短いズボン。 そして、足はハイソックスに包まれ手には犬のぬいぐるみが握られていた。 ブラウスの裾のボタンが開いており、白いお腹がちらちらと見えていている。 「いらっしゃいませ!ぼく、加々美 命(かがみ みこと)です」 にっこり笑う男の子の顔は絵に描かれている天使そのものだった。 髪は少し明るい栗色でサラサラとしていながら緩くパーマみたいなウエーブがかかっており、瞳は髪と同じブラウンのくりくりとした瞳がゆっくりと細められていく。 「この子がさっき言ってた命。ここの商品…ほとんど従業員みたいなものだから色々と聞くといいよ」 「深谷理です」 巽の言葉を聞きながら命くんに挨拶をするととびきりの笑顔を向けられる。 こんな小さな男の子も居るなんて驚きだが、商品という事はこの子はしょっちゅう質草にここに預けられるということだ。 何だか自分の知らない世界に心がもやもやとしてくる。 「命。まだお客様だ。壊す…粗相のないようにな」 「たつみひどい!ぼくそんな事しないもん」 巽の言葉に命は手を振り上げている。 注意というよりは釘を刺され、命くんは不満そうな顔をしていた。 俺には何の話をしているかは分からなかったが、俺にとっていい話ではないのは確かそうだ。 「さとるくん。おへやを案内するね」 「え、ちょっと!」 命に袖をぐいぐい引っ張られるのに困惑して巽の方を見ると、巽は橋羽に何か指示を出している様に見えた。 「食事はこの橋羽か別の者が持って来る。何か必要な物があったら適当に言ってくれれば用意するよ」 「みことはお菓子が欲しいな!」 「命さんには十分にお気をつけ下さい」 「はしばねさんまで…ひどい」 橋羽や巽に言われた事に顔を膨らませている命は別にただの幼い男の子に見えた。 こんな年下の男の子に対して、何を気を付けなければならないのかがさっぱり分からない。 「紹介はここまで。ゆっくりしているといいい」 「私達はこれにて失礼します」 橋羽がすっと頭をさげ扉を開けると巽はさっさと部屋から出ていってしまった。 その後に続いて橋羽が出ていく。 パタンと扉が閉まったあとカチャンという鍵がかかる音がした。 「ぼくたちのおへや紹介するね!」 「え…あぁ…うん」 扉が閉まった瞬間巽が笑って居たような気がするが、命に袖を引かれ我にかえる。 俺が返事をしたのが嬉しかったのか手を掴まれ引っ張られる。 命くんの小さな手は温かく、こんな小さな子供も俺と同じなんだと思うとその手を見ながら複雑な気分になった。 「ここがクローゼット。お店みたいでしょ?」 最初に案内されたのがクローゼット。 そこには様々な服が並んでいて、その服をよく見るとサイズも店の様に色々とあった。 しかし、どうやって着ればいいのか分からない様なものや、変わった形、色のものまで並んでいてこれも質草だろうかと不思議になる。 「ここがお風呂場とトイレ。それであっちが寝室」 次々と連れ回され、元の部屋に戻ってきたころには俺はどっと疲れてしまった。 部屋の隅にあったソファーに腰を下ろすと大きな溜め息がもれる。 「さとるく~ん。おかしたべよー」 元気な命はお盆を手に戻ってきた。 お盆の上には色々なお菓子が載っており、ポットや茶器なども一緒に載っていてそれがカチャカチャと音を立てている。 「その小さいのはお友達の?」 「そうなの。ここに来る子は、すぐにバイバイしなきゃいけないからいつもこの子とお茶を飲むんだぁ」 ソファーの前のテーブルに命がお盆を置くと、小さな椅子に持っていた犬のぬいぐるみを座らせる。 その前に小さなティーカップを置いてやり、かちゃかちゃとお茶の準備をはじめた。 俺がそのぬいぐるみの事について聞いてやると命は嬉しそうにその事について話してくれる。 「そ、そうなんだ…」 「でも、しばらくさとるくんが居てくれるからみこと嬉しいな」 「命くんはすごいね」 「えへへ♪」 命くんから出てきたここでの生活についての話に心が痛くなって思わず命くんの頭を撫でてやった。 俺も落ち込んでいる場合ではない。 命くんの髪は見た目通りサラサラしていてついつい手を離すのが惜しくなりしばらく命くんの髪の感触を楽しんでいると、命くんはニコニコと嬉しそうにしているのに俺の沈んでいた気持ちも少し軽くなった気がした。 「どうぞ」 「ありがとう。もしかしてこれ手作り?」 命がクッキーの乗ったお皿とティーカップを差し出してくる。 クッキーの形はかなり歪だし端のところが少し焦げている。 俺が聞くと命はもじもじと恥ずかしそうにしている。 「おりょうりしたこと無いから、はしばねさんと作ったんだけど失敗しちゃったんだ」 橋羽さんは冷たそうな見た目だが命くんと料理をするというのが意外だった。 一口かじって見ると、見た目に反して味は美味しかった。 「大丈夫。おいしいよ」 「ほんと?よかったぁ」 「俺も料理できるから今度は俺と作ってみよう?」 「いいの!やった」 命は椅子から立ち上がりぴょんぴょんと跳び跳ねて喜んでいるのが微笑ましい。 義理だが俺にも弟が居る。 その弟も本当の兄弟では無いのに俺にとてもなついてくれていた。 命くんを見ていると少し幼いが弟の事を思い出して優しくしてやろうと思った。

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