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第5話
10人程の男達がホールに入って来ると、黒服達がそこかしこで頭を下げて何かを話しているのが見える。
その中に巽も居て何やら一人ひとりと話して回っているのが見えた。
男達は部屋の中の物を一通り見終わった頃、命くん達の居るスペースへと集まっていた。
『おぉ~』
男達からは歓声とも感嘆とも取れる声が上がる。
流石に何を話しているかは聞こえないが男達から興奮している熱気のような物は感じる。
あっという間に男達は居なくなり、会場の物達には赤い紙がぺたぺたと貼られて行きそれは生き物も例外ではなかった。
「あっという間だっただろう」
俺が呆然と物が運び出されるのを見ていると後ろから巽の声がする。
俺が振り返ると巽が入口に立っていてまた煙管をふかしている。
「今日来ていたのはバイヤーだよ。ここの商品を探している客へと流してる」
「そのうち俺もそうなるんですか…」
俺の言葉に巽は驚いた様子もなく、煙を吐いた。
「君はまだ“お客様”つまり“預り”だ。普通質屋での預りは3ヶ月だが、ここは特別だからね。君には半年の有余がある」
「そう…ですか…」
つまり母さんが半年以内に借りたお金と利息を返さないと俺はここで売られてしまうのだ。
「勿論利息を払えば預りの期間は延長するけど、額を考えると難しいかもしれないね」
「あの…」
「なにかな?」
「俺も、母さんの借りたお金を返しますんで何か仕事をさせてください!」
流石に俺がそんな事を言うとは思って居なかったのだろう一瞬巽が面食らったような顔をした。
「はははは。流石にここに流されて来た子でそんな事をいう子はいなかったな…面白そうだからいいよ」
「いいのですか?」
流石に心配になったのだろう橋羽が巽に耳打ちしている。
少し動揺したからなのか、橋羽の声が大きい。
「こちらに損は無いわけだからいいよ、なら君にはここの仕事を手伝ってもらう。仕事の内容は後から橋羽から聞くといい」
「はい」
巽は楽しそうに調光室を後にして、橋羽も一緒に部屋から居なくなってしまった。
もう一度ホールの中を見ると命くんが運び出されるところだった。
俺は急いでホールに降りて命くんの元へと駆け寄る。
「命くん!」
「理くん…どうしたの」
今日の命くんは緊張からかいつもの表情豊かな命くんではない。
黙っているといつもの可愛らしい印象とは一変して中性的な綺麗な顔立ちが引き立つ。
「俺、ここで働かせてもらう事にしたんだ!命くんも、大変だろうけど無理しないでね」
「ここで?そう…そんなこと言われたのはじめてだよ。ありがとう」
命くんも巽と同じく面食らった様な顔をしたが、いつものふにゃっとした絵顔を見せてくれた。
「じゃあ、行ってくるね…」
命くんはそう言って黒服の男に連れて行かれた。
命くんの横のケースに居た子は未だに状況が分からないのかキョトンとした顔をして首と腕を繋ぐ鎖を手で弄んでいる。
命くんも幼いがその子は更に幼い様に見えて、自分も頑張らなければこの子と同じ運命なのだと思ってぞっとする。
その子も部屋から連れ出されたのを見届け、俺は巽の部屋に向かうことにした。
「ジプサム様…本日の取引は終了しております」
「ミスターハシバネそんな冷たい事を言わなくても、私は巽に会いに来たと分かっているだろう」
「私はお会いしたくありませんでしたけどね」
巽の部屋の前でノックをしようとしたところで部屋の中から話し声が聞こえる。
巽と橋羽の他にもう1人男の声が聞こえたが、2人とも声の人物の事は良く思って居ないのか言葉の端に棘がある。
「巽はいつ仕事辞めてワタシのところに来てくれるんだい?」
「貴方に名前を呼ばれる筋合いはありません。そして、私はこの仕事を辞めるつもりはありませんから」
「アナタだなんて他人行儀だなぁ。ピコと呼んでくれないのかい?」
「私も忙しいので今日はお帰りください。橋羽!」
足音がドアに近付いてくるので俺はさっとドアの横にあった置物の影に隠れた。
ガチャ
「ジプサム様次回はお時間厳守でお願いいたします」
「まぁ今日は退散しようかな!じゃあね巽」
ドアが開くと部屋から派手なスーツを着た男が出てきた。
その男が部屋の中に向けて投げキッスをするが、さっきの会話を聞く限り今巽は嫌そうな顔をしているだろう。
「では、玄関までお送りします」
「君も無愛想だね」
「お客様で無い方に愛想を振り撒く必要はありませんから」
橋羽に先導されて男が去っていくが、橋羽にも絡んで楽しんでいるように見える。
こっそり覗いた部屋の中では巽がイライラと腕を組んで煙管をふかしている。
暫くそっとしておこうと思い俺は部屋へと帰った。
+
俺が巽の店に来てから早くも2ヵ月程経った。
「よぉ少年。今日も元気か?」
早朝、部屋に入ってきた浅間 がいつものように声をかける。
浅間は何故か俺の事を少年と呼ぶのだ。
この店での俺に与えられた仕事は店に集まってくる動物達の世話だった。
その管理をしているのが黒服の浅間だ。
普段は黒のスーツを着ているが、今日はオレンジ色のツナギの下に黒のTシャツを着ていた。
ツナギは所々汚れていて、使い込まれているのが良く分かる。
「私は生物の管理には関わってませんので、浅間に詳しい事は聞いてください」
俺は橋羽の指示で浅間に教えてもらいながら動物の世話をしている。
橋羽達黒服は俺の居る本館から離れた別館に住んでいるらしい。
ここの従業員は住み込みの者が多く、常に屋敷に出入りしていた。
「少年…最近入ったヤツはどうだ?」
「はい!餌の量も増えて少し大きくなりました」
俺は猫や犬の様な一般的な動物の世話をしていた。
最近新しい仔犬が入ってきたのを浅間は聞いたのだろう。
仔犬は飼い主が飼えなくなったからと持ち込まれたのだが、“預かり”ではなく“買取”として持ち込まれた。
仔犬は成犬よりも人気が高いので、すぐにでも買手がつくだろう。
「犬は大きくなるの早いからな。さぁ今日もいくぞ」
「はい!」
俺も適当にクローゼットから引っ張り出したジャージにスニーカーを履いている。
ワン!ワン!
俺が部屋に入ると犬の鳴き声がそこらじゅうから聞こえる。
キャンキャン!
「はいはい。今ご飯をあげるよ」
入り口の柵を後ろ手で閉めていると、足元からも甲高い鳴き声が聞こえる。
下を見ると仔犬が俺の足にじゃれついてきた。
仔犬の茶色の毛玉のような風貌に俺は自然と笑顔になる。
キャンキャン♪
餌が欲しいのか俺の足に必死に飛び付いている姿は本当に可愛い。
俺は腹の下に手を入れてひょいっと持ち上げてやると、仔犬の足がぴんとのびる。
目の前に哺乳瓶を差し出してやると必死に吸い付いて懸命に飲んでいる。
それに伴って足も、もにもにと動いている。
「ふふふ」
懸命にミルクを飲む仔犬が可愛くて、つい笑みがこぼれる。
勢い良く飲み終えた仔犬の背中をぽんぽんと叩いてやると小さくケプッというゲップの音が聞こえた。
床に下ろしてやるとトコトコと俺から離れていってしまう。
そんな仔犬に現金なものだと思いながら、他の犬からの催促の声が増したので俺は他の犬にも餌の皿を出して部屋を出た。
にゃうーん!
「今ご飯あげるからまって…」
別の部屋に入ると猫達が足元に寄ってくる。
この部屋は猫達が集められている部屋だ。
他の部屋にはうさぎやハムスターなどの居る部屋もあり、本当に軽い動物園みたいだと思う。
「ふぅ」
「少年疲れただろ?終わったら朝飯食べに行こうぜ」
「あ、はい!」
一通り動物たちに餌をやると、餌をつくる為の作業台に戻ってきて一息ついた。
そこへ浅間が空の容器を持って帰ってくる。
浅間は蛇など爬虫類の世話をしている。
以前は他の黒服が交代で浅間の手伝いをしていたらしいのだが、それでもなかなか大変な仕事だ。
餌やりや掃除などをして1日が終わる事も多く、本当に質屋に預けられて居ることを忘れそうになることがある。
命くんが居たときは部屋から出ないように部屋には鍵をかけられていたが、今俺は好きに店の中を歩くことができる。
尚且動物の散歩の為に外に出ることさえできる。
店から逃げる事も考えたが、この店に来る前に見た母さんの姿が忘れられず家に帰ったところで俺の居場所はきっとないと思うと逃げる気にもならなかった。
しかし、母さんが俺を迎えに来てくれる希望も捨てたわけではない。
俺は残り4カ月で、自分でも家に帰れるように最大限に頑張ろうと決めていた。
例え俺が母さんに愛されていないとしても。
「そういや…今日“バラの棘”が帰ってくるぞ?」
「バラの…棘?」
浅間は思い出した様に、餌の余りの林檎をかじりながら話しかけてくる。
バラの棘とはなんのことだろか。
『本日未明。政治家の重鎮である○○氏が収賄容疑で逮捕されました。○○氏の関係者の内部告発により発覚したこの事件…』
浅間がツナギのポケットからスマートフォンを取り出して、朝のニュース番組を表示する。
ニュース番組は政治家の重鎮が関係団体から賄賂を受け取っていたというよくあるニュースが流れていた。
このニュースがどうしたのだろう…どのチャンネルに合わせても、このニュースで持ちきりでこれがその“バラの棘”とやらに何かしら関係しているのだろうか。
浅間はその報道を神妙な顔で見ていた。
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