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第9話

チュンチュン 「あちゃー」 スズメの鳴き声の合間に男の困った様な声が聞こえる。 その声で目が覚めた俺はその声の主を見ようとすると腕の中の温もりに気がついた。 「あれ?」 俺が目にしたのは俺の腕の中で寝ている命くんと、ベッドの脇には頭を押さえている浅間さんが居た。 浅間さんは本当に困ったというような顔をして天を仰いでいる。 「少年…藍沢の忠告忘れただろう」 「え?」 俺は浅間さんの言っている事がすぐに理解できなくて、きょとんとしてしまう。 頭を働かせてみるけど何のことか寝起きの頭ではすぐに浮かんでこない。 「後ろは大丈夫か?」 「うしろ?」 まだ覚醒しきっていない頭は浅間さんの言葉に疑問符でいっぱいだ。 「ケツは痛くないか?」 「はっ?!」 「その反応なら大丈夫だな…」 浅間さんの予想外の言葉に一気に目が覚めた。 俺が勢いよくかばっと起き上がるとベットが大きく揺れる。 「あーあ。“バラの棘”もやらかしてくれたな。少年何された?」 「え!あの…えっと…」 寝てしまう前の事を思い出して俺が口ごもっていると、浅間さんはまた頭を押さえつつ大きくため息をついた。 俺は居たたまれなくて下を向く。 「まぁ、ケツが大丈夫ならまぁいい…。今日の仕事はいいから“バラの棘”の治療をしてやってくれ。後で藍沢をこちらに寄越すから」 「は、はい!」 浅間さんは頭をガリガリと掻きながら少し足早に部屋を出ていく。 カチャリと鍵が締まった音がしたので本当に部屋から出す気はないらしい。 それを見送った俺は、未だ寝ている命くんを置いて急いでバスルームへ向かった。 自分の身を清めた後、ベットルームに戻って来ると俺は頭を抱えたくなった。 「確かにこれはマズイ」 ベットの上は普通に寝たらあり得ない位にシーツがぐちゃぐちゃに皺を寄せている。 浅間でなくても何が行われたのかは一目瞭然だ。 そんなぐちゃぐちゃのシーツの中で命くんはこんこんと眠っている。 命くんの身体に巻かれていた包帯は弛み、当てられていたガーゼは取れている。 シーツには所々に血の染みがついている。 「命くん?大丈夫?」 一応声をかけてみるが一向に起きる気配はない。 俺は悪いと思いながら命くんをシーツごと抱き上げ再びバスルームへ向かった。 バスタブにお湯をためながら命くんを床に降ろす。 自分の前髪をピンで留めてから服と包帯とガーゼを取り除くと傷だらけの身体が露になる。 命くんの下半身には俺が出した夜の名残が残っていてそれが乾いた跡がある。 凄く気まずいが俺は腹をくくって深呼吸をした。 「う…」 「命くん?」 準備を終えて、そっと湯船に入れてやると傷にしみるのか命くんの身体が微かに揺れて声が漏れるる。 しかし、一瞬痛みに眉根を寄せたが命くんは起きなかった。 背中を支えつつ少し躊躇ったものの、俺の出したモノをそのままにしていたらまずいのでは無いかと思って濡れるのも気にせず俺にもたれかけるように膝立ちにさせる。 胎内にゆっくりと指を入れて中のものを掻き出してやると、指をきゅうきゅうと締め付ける孔の縁は赤く充血しており少し熱を持って腫れていた。 無心でさっと処理を終えて清潔なバスタオルでくるんでやると少し気持ちが楽になる。 「えっと…救急箱は…」 命くんを別のベットに寝かせると救急箱を探しにクローゼットにやって来た。 クローゼットの端に小さな棚があって、その上にちょこんと置かれている救急箱があるのを覚えていたのでそれをひょいと持ち上げる。 中身を確認する為に蓋を開けると、小さな紙が入っていた。 “ Please don't force yourself. from REI”と書かれた紙には所々水で濡れた跡がついている。 水で滲んだ跡がもしかしたら涙の跡なのではないかと思った。 手紙を書いた主の名前を見ると命くんが夢現で呼んでいたれいちゃんではないだろうか。 命くんが思っているのと同じ位、れいちゃんとやらは命くんを心配していたのかもしれない。 それをそっと救急箱に戻して命くんが寝ている部屋に帰る。 「すぅ。すぅ」 命くんの様子は何も変わらない。 ただ静かに眠っているだけだった。 昨日のダイヤを見習い俺も治療をしていく事にしたのだが、肩口の切り傷は今は血が止まっていて少しほっとした。 薬を乗せたガーゼを患部にそっと宛がってやる。 みれば見るほど命くんの身体はボロボロで何があったのか俺が思いもつかないような事をされたのだろう。 「よし!」 少し不恰好だが包帯も巻き終わり、そっと布団をかけてやり俺は部屋を後にした。 「もう終わりましたか?」 「藍沢さ…ん」 命くんが居る部屋を出ると、丁度藍沢が部屋に入ってくるところだった。 店の共通なのか黒のスーツをきっちり着こなしている藍沢の手には食事の乗ったトレーがあった。 「深谷くん…自分の忠告守りませんでしたね」 「え!」 「ちゃんと鍵をかけるように書きましたよね?」 「鍵って自分の部屋にですか?」 「マジか…」 藍沢さんはふぅと大きなため息をついている。 俺はそれを見て昨日から皆ため息をついているところしか見ていないなと場違いな事を考えていた。 「仕事を終えた“バラの棘”はかなり不安定なんです。ダイヤ様に来ていただいても抑制できるものではありません。まぁしかし乗っかられただけなら良かったです」 「え…あっ」 「あぁ…失礼しました。君ははじめてでしたか。犬に噛まれたと思って諦めてください」 早口で話されて戸惑っていると、思ってもいないところに話が向かう。 「“バラの棘”もあの大きさですがいい年なので、年上にリードされたと言うことで何も恥ずかしい事はないですよ」 「年上?」 「知らなかったのですか?大きさは小学生の低学年ですが、あれでも17ですよ」 「!!」 あまりにも衝撃の事実に俺は目眩がした。 命くんの身長も言動もとても年上とは思えなかったからだ。 「まぁ長年の歪んだ生活に成長が止まっていてしまったんでしょう」 藍沢は何でも無いことの様に言うが、命くんも今以上の辛い過去があったのだろ。 較べる物ではないだろが俺も親に愛されてはいなかったが、まだ命くんましだったかも知れないと思った。 「“バラの棘”も君のお陰で早々に落ち着いたので直ぐに目を覚ますでしょう。今橋羽さんと巽様は同業者の会合に出ていますので、“バラの棘”が目を覚ます頃には帰ってくると思いますので目が覚めたら巽様のところに来てください。今日仕事はいいですから」 藍沢さんにも仕事はしなくていいと言われてしまった。 藍沢さんは色々言ってから腕時計を見て急いで部屋を出ていった。 + すぐに目を覚ますと言われていた命くんが目を覚ましたのは結局帰って来てから2日たってからだった。 「うにゅ?理くんおはよぉ」 目を覚ました命くんは初日に会った無邪気な命くんだった。 少し寝ぼけているようだったが顔色もよくなっている。 「もう大丈夫?」 「何が?あれ、肩が痛い…」 痛みに気がついたのか自分の肩口を確認する命くん。 小首を傾げている姿は全くと言っていいほど年上には見えない。 「あぁ…ぼくお仕事終わったんだね。たつみに特別報酬もらわなきゃ」 ガーゼや手首の包帯を確認すると、命くんはへにゃっとした笑顔を浮かべた。 「今回のおじいちゃんしつこいし、ぼくが痛がったり嫌がったりするの凄く喜ぶの」 日常の事を話す様に話はじめる命くんはやはりいつもの命くんだった。 こんな生活を長年の続けてきたのかと思うと無力な自分がもどかしかった。 命くんを思わずぎゅと抱き締めると、命くんは凄く驚いている。 「理くんどうしたの!ぼくなら大丈夫だよ」 逆に背中をぽんぽんと撫でられてしまう。 命くんが大丈夫と言う言葉が逆に辛い。 「たつみのところにつれてって?自分で歩くから」 「おぶっていこうか?」 「ううん。また歩けなくなっちゃうから」 首をふる命くんの口からまたしても爆弾発言が出てきて一瞬動きが止まってしまった。 またと言うことは歩けなくなった事があると言うことだ。 「この店に来たときは、ぼく歩けなかったの。でも、この店から出たられいちゃんのところに自分の足で行きたいから、歩くの忘れないようにしたいの」 にっこり笑う命くんの顔からは悲しみではなく、希望が見える。 れいちゃんは命くんにとって大きな存在なんだろうという事が分かった。 とりあえず部屋を出るためには鍵を開けてもらわなければならないので、ドアの横にある少し高い位置のボタンを押す。 命くんには何かに乗っても届かない位置にあるが、俺には普通に押せたのでボタンを押した。 どういう仕組みかは不明だが、ボタンを押すと誰かしらやって来て扉を開けてくれるのだ。

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