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番外編 KISS ME PLEASE!

 生まれてくる順番は、どうして選べないんだろう。  月村(つかさ)は、月村家の末っ子だ。  父の英司は町でたった一つしかない病院で働く医者。  母の芳は明るくて料理が上手。  二つ年上の姉・花芳(かほ)はビーズのアクセサリー作りが得意なしっかり者。  そして同じ日に、司よりほんの少し早く生まれた双子の兄・(あきら)は、三才なのにもうひらがな・カタカナ・数字を読むことが出来るし、最近ではアルファベットもほとんど読めるようになっている。ひらがなと数字だけなら、書くことだって出来る。  英司や芳、それに花芳に敵わないのは仕方がないけれど、司はほとんど同時に生まれたはずの英にも、いつだって負けてばかりだ。  双子だから見た目がそっくりな英と司は、祖父母にさえよく間違えられる。そんなとき、決まって聞かれるのだ。「どっちが英?」と。  司はいつも、『英じゃない方』。  英はよく本を読んでいて静かなのに、かけっこでは毎回司が負ける。走って転んでも、泣くのは司ばかりで、英はあちこち擦りむいたって、泣いたりしない。夜のトイレも一人で行けるし、眠れなくて芳に泣きついたりもしない。  服のボタンを留めるのも、箸を使うのも、何もかも英の方がずっと上手い。  英司も芳も、司たち姉弟を皆同じように大事にしてくれている。  だけど、司にはわかる。  英司にとって、一番大事なのは芳。そんな芳は、やっぱり英司を何より大事に思っている。  毎朝、芳は英司を見送りに出るとき、「いってらっしゃい」と唇を合わせる。花芳に聞いたら、それは「大好きのしるし」なんだそうだ。  芳は花芳のことも、英のことも、司のことも、みんな大好きだと笑ってくれるけれど、「大好きのしるし」が貰えるのは、英司だけ。それは英司が、芳にとって特別な人だから。  英司は凄い人だ。毎日たくさんの人の病気や怪我を治してあげている。転んだくらいで泣いている司は、どんなに頑張っても英司には追いつけない。  小さい頃から泣き虫な司は、いつも優しく抱き締めてくれる芳がとても好きだった。英司のことも好きだけれど、芳から「大好きのしるし」が貰える英司を、羨ましくも思う。  早く大きくなって、英司みたいに立派な大人になりたいと思うのに、芳に構ってもらいたくて、司はついつい芳に甘えてしまう。そんなだから、花芳どころか同い年の英にまで、どんどん置いていかれてしまっているのに。  ただでさえ末っ子で、何も出来ない司。それでも芳は、司のことも変わらずずっと「大好き」で居てくれるだろうか。  夕飯の後、いつもみたいに黙って本を読んでいる英の傍で、司がミニカーを走らせて遊んでいると、芳が大きな箱を抱えてリビングに入ってきた。  毎年冬になると出てくる、クリスマスツリーの箱だ。  もうすぐクリスマスだから、ツリーの飾りつけをするのだと察した司は、ミニカーを放り出して真っ先に芳の元へ駆け寄った。 「ツリー、だすの?」  芳の服の裾を軽く引っ張った司の髪をくしゃりと撫でて、芳が「そうだよー」と笑う。その手からは、甘くて優しい匂いがする。司はこの匂いが大好きだ。 「花芳と英も、飾りつけする?」  ツリーの箱を床に下ろして、芳が二人に声をかける。  ……ひとりでも、てつだえるのに。  こっそり頬を膨らませる司をよそに、花芳と英も遅れて集まってきた。芳を独り占めできるのも、英司だけだ。 「そういえば三人とも、サンタさんにお願いするプレゼント、もう決まった?」  皆でツリーにオーナメントをくっつける中、芳が司たちに向かって問いかけてきた。それを受けて、花芳が「あっ」と思い出したように声を上げた。 「サンタさんに、おてがみかいていい?」  芳とお揃いの長さに伸ばした髪を揺らして、花芳が訊く。そのお揃いも、司は内心羨ましく思っていた。 「もちろん」と頷いた芳に、花芳はちょっと照れたように笑って、紙とえんぴつを取りに行く。 「ぼくもかく」  つま先立ちで器用に高い位置へブーツのオーナメントを引っかけて、英も花芳に続いた。  並んでテーブルの前に座った二人を見て、司はまたしても膨れっ面になった。司だけ、まだ字が書けない。  顰め面のまま、司は長いモールに悪戦苦闘する。それを、芳が横から手伝ってくれた。 「司はいいの?」 「……だって、おてがみ、かけない」  さっきは芳と二人の時間を邪魔されて面白くなかったのに、今度は花芳と英に混ざれないことが悔しい。このままだと、サンタからも司だけ忘れられてしまいそうで、司はグズ…と鼻を鳴らした。 「……おてがみ、かかなかったら、サンタさんこない?」  結局また泣きべそをかいてしまう司を、「そんなことないよ」と芳が抱き上げてくれた。そのまま、司の手に大きな星のオーナメントを握らせてくれる。ツリーのてっぺんに飾る星だ。 「じゃあ司は手紙の代わりに、この星飾ろう。きっとサンタさんにも見えるからさ」  芳に手助けしてもらって、司は懸命に腕を伸ばしてどうにかツリーの一番上に星を光らせることができた。  英と違って、一人ではまだ何もできない司にも、芳は優しい。こうしてギュッと抱き締めてもらえるのなら、何もできないままでもいいか…とさえ思ってしまう。  けれど、やっぱり芳は司だけのものにはなってくれない。  ガチャリと玄関のドアが開く音がして、「ただいま」と英司の声が聞こえてきた。  抱えていた司をそっと床へ下ろした芳が、真っ先に玄関に出迎えにいく。 「おかえり、英ちゃん。お疲れ様」  後ろから追いかけて、こっそりリビングから玄関を覗き見ると、一瞬だけ重なる二人の姿が見えた。───「大好きのしるし」だ。  毎日見ているから、すぐにわかった。  芳は英司の前だと、一段と優しく笑う。英司も同じだ。二人の間にはあったかい空気が流れていて、離れていてもしっかりと手を繋いでいるみたいに見える。  そんな二人を見ていると安心するのに、少しだけ寂しくもなる。やっぱり司は英司にはなれないのだと思い知るから。  芳が戻ってくる前にリビングに引っ込んで、司は画用紙を一枚ちぎると、英の隣に駆け寄った。 「あきら。おてがみ、かきかた、おしえて」 「……かかないんじゃないの?」  すでに紙いっぱいに手紙を書き終えた英が、意外そうに目を瞬かせる。せめて同い年の英には負けたくなくて、司は「がんばる」と椅子に座ってえんぴつを握り締めた。 「英ちゃん。今年のクリスマスプレゼントは、ちょっと大変かも」  三枚の画用紙をかわるがわる眺めていた芳が、微笑ましそうに目を細めながら英司の傍にやってきた。 「大変って、何が?」 「コレ、英ちゃんサンタへ、子供たちからの手紙」  芳が英司専用に作ってくれたアヒージョをつまみに、辛口の白ワインを傾けていた英司は、グラスを置いて芳から画用紙を受け取った。  花芳からは、サンタを労うメッセージが綴られていて、最後に『おいしゃさんセットがほしいです』という一文が添えられていた。女の子らしく、空いた箇所には色鉛筆で色とりどりの星やハートが描かれている。  英の手紙はおとなしい彼の性格がよく出ていて、『さんたさん こんばんわ』と妙に畏まった挨拶から始まっていた。英からの希望の品は、ジグソーパズルのようだ。  どちらも子供らしい上に、それぞれの個性も表れている。  なのに一体何が大変なのだろうと三枚目の画用紙を見て、英司は思わず眼鏡の奧の目を瞬かせた。 『おかさん くたさい』  どうにか読み取れる、ぎこちない文字。 「……司、字書けるようになったの?」 「英に教わって書いたみたい。最初新しいお母さんが欲しいのかと思ってドキッとしたんだけどさ、独り占めできる俺が欲しいんだって」  そのときの様子を思い出したのか、肩を揺らして笑いながら、芳が英司の膝の上へ腰を下ろして、細い腕をスルリと絡めてくる。 「どうする? 英ちゃん、司にあげる?」 「生まれたときから、司は一番芳さんを独占してるんだけどね」  機嫌が悪いときも、寝付けないときも、司は赤ん坊の頃から芳が抱かなければなかなか泣き止んでくれない子供だった。  今でも夜、寝かしつけに一番苦戦するのは司だし、日中家に居ない英司からすれば、司の方が余程芳を振り回している。  芳への執着を見ていると、もしかしたら我が子の中で最も英司と似ているのは、司なのかも知れない。素直に泣いて甘えられる純粋さが、羨ましいくらいだ。 「司には悪いけど、さすがにクリスマスプレゼントは芳さん以外でお願いしたいかな」 「頑張って手紙書いたのに?」  わかっていながら、揶揄うように芳が至近距離から英司の顔を覗き込んでくる。 「まあ、これでまた司の中で僕の株が下がるだろうけど、仕方ないでしょ」 「宥めるの、大変そうだなー」  可笑しそうに笑った芳が、妖艶な仕草で英司の飲みかけのグラスを手に取る。そのままワインを口に含むと、英司の唇に自身のそれを重ねてきた。  アルコールの香りと一緒に、芳の舌ごとワインが英司の咥内に入ってくる。 「……俺も、司が羨ましい。俺だって、英ちゃんくださいって言いたいよ」 「いつも『もう無理』って言うまであげてるつもりだけど、まだ足りなかった?」  英司の口端から伝い落ちたワインを拭う芳の指へ口づけて、そのまま甘く歯を立てる。  椅子の上で何度か口づけを交わし、互いの服を脱がせ合いながらソファへ場所を移す。揃って身を沈めたときには二人とも上半身には何も纏っておらず、芳の薄い胸へ英司が唇を落としたとき。  ギィ…、と不意にリビングの扉が開く音がして、ぐすぐすと泣きじゃくる司が顔を覗かせた。  英司に組み敷かれていた芳が、慌ててクッションを抱え込みながら身を起こす。 「つ、司!?」 「……おかーさん、トイレ……」 「あっ、そ……そっか! トイレ! よし、行こう!」  急いで、床に脱ぎ散らかした服を搔き集める芳と、ソファで固まる英司を交互に見て、司はまだ少し眠そうな目を擦りながら首を傾げた。 「……『大好きのしるし』?」 「そうそう! 大好きで仲良しのしるし! さ、トイレ行って早く寝よ?」 「いいなあ……」  ポツリと呟きながらも、まだ三才の息子は呆気なく英司から芳を攫っていく。その背中を見送って、英司はソファの上で溜息を吐いた。  どうやら最強のライバルは、身内に潜んでいたらしい。  けれど、英司に出会うまでずっと愛されることを知らなかった芳が、今こんなにも愛情に包まれているのだから、この焦れったさもきっと幸せの一部だ。  ……まあ、戻ってきたら『お預け』された分はきっちり取り戻すけど。  ソファの上で鋭くαの目を光らせながら、英司は愛しいパートナーの帰りを待ち続けた。  英司なりの「大好きのしるし」を、今日も芳の身体に刻み込む為に───。

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