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Happy Halloween

「親父のお遊びがこんなことになるとはね」 「社長はすべてを放棄した。俺がもらい受けるのは当然ことじゃないか」 「綺麗な色。天然の色ってすごいね」  与志之の言葉に満足気に頷いた田崎は目の前のスープ皿の美しさにうっとりと視線を送る。白い受け皿にのせられたスープ皿はふわりと湯気をあげていた。綺麗な黄色のポタージュには真っ白の生クリームが彩りを添えている。 「いつものように作り方を教えてもらおうかな」  与志之は田崎が作った料理をパソコンに打ち込み、レシピ集を作っている。二人で食べた料理を記録し、そのファイル数が増えていくことに幸せを感じるらしい。  父親同様押しは強いが、基本性格は優しく柔らかい。田崎のクールな面と正反対であるが、だからこそ二人の相性はよかった。 「玉ねぎ、セロリ、人参をバターで炒める。ちなみにビシソワーズの時は白色が命だから人参はいれない。カボチャの色を引き出すには人参が必要だ。 しんなりしたらコンソメを加える。そしてカボチャに火が通るまでゆっくりと火を通す。強火、中火はもっての他。ゆっくり少しずつトロトロにする」 「なるほど。ゆっくりがポイントか」 「満足のいく状態になったらミキサーにかける。これは熱いうちにしなくてはならない。火傷に注意だよ」 「熱いうちにミキサー?とびちりそうだ」 「ミキサーに入れすぎると惨状間違いなし」 「気を付けないと。料理がダメになって、おまけに掃除だなんて最悪すぎる」 「冷たいポタージュにするなら冷めてから牛乳と生クリームを加える。今日のように熱いポタージュなら牛乳を加えて温めて生クリームを足す。味付けは塩胡椒のみ。黒い粒は興ざめだからホワイトペッパーを使った方がいい」 「そして飾りに生クリームを落とすんだね」 「そして刻みパセリを散らす」 「完璧!」  スプーンをポタージュに沈めたあと持ち上げる。鼻腔をくすぐる香りを楽しみながら一口含んだ。熱くて滑らかな液体が舌の上を転がる。あああ……美味い。最高だ。  粘度がありながらするりとした喉越し。喉を滑り落ちるポタージュを喉奥でも味わい食道を温める感触に心が優しくなる。  田崎はライ麦パンのスライスに手を伸ばした。ワインはポタージュを食べきった後に飲むことにしよう。彼の余韻はワインをさらに美味しく引き立てるはずだ。 「親父のところに入り浸っているからヤキモキしたよ」 「焼け木杭には火が付き易いと諺にもあるが、そもそも俺と社長は燃えていない。そんな関係じゃなかったことは言ったはずだ。それに……社長の所から帰った日は必ず攻められた。与志之以外とセックスしていないことはわかったはずだ。ねちっこく観察されてヘトヘトになるまで抱いたくせに」 「貴方を疑ったわけではなく……妬いたんだよ。昔の男に会いにいくから。それも自分の父親ってあたりが最悪」 「妬かれるのは悪くない」 「ジェラシーは最高のスパイスって言うよね」  田崎はクスリと微笑んだ。冷たい印象の田崎が笑顔を見せると与志之はたまらない気持ちになる。この笑顔を知っている過去の男達を全員握りつぶしてやりたい。 「与志之。俺達はうまくいっているからスパイスになる。関係が崩れだした時のジェラシーは毒でしかない」  与志之が嬉しそうに頷いたあとポタージュを口に含みほっとした表情を浮かべた。田崎は向かいに座る与志之に手を伸ばし握る。 「来年は何を収穫できるのか楽しみだ。そしてじっくり手をかけて料理し、与志之に食べさせる。来年も一緒にいような」 「うん、一緒にいよう。Happy Halloween!」  ジャック・オ・ランタンやお菓子に興味はない。お菓子を強請る子供も変装もごめんだ。シンプルイズベスト――大事に育てた素材の素晴らしさと魅力を引き出す。その腕さえあれば恋人の笑顔が返ってくる。特別の一皿はセックスと同じ悦びが得られる魔法だ。  田崎はスープ皿に両手を添えた。 「君と過ごした四カ月は実り多い素敵な時間だったよ……(かぼちゃ)に出会えてよかった」 おしまい

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