ティーナは何かに突っかかってしまったせいで前方に倒れ込んだ体を起こし終え、再びその何かへと、おそるおそる目線を移した。 そして、その何かの正体を知るや否や絶句してしまい思わず両手で口元を抑えながら悲鳴をあげそうになりつつも何とか飲み込んだ。 その場には全身を霜に覆われた男の白骨遺体がひとつ。それは、うつ伏せの状態で倒れているのだが、ぐったりと伸ばされている右手には先日訪れたギルドがある村を領地している貴族の城の紋章が施された剣が握られている。 しかし、ぴくりとも動かないその男は明らかにここら辺に棲息する魔物以外の何者かによって命を奪われてしまったという様が深い事情を知る由もないティーナでさえ分かるくらいに示されている。心臓がある場所を故意に狙って、鋭い物で突き刺されているのが見えたからだ。 ここら辺に棲息しているのは、ギルドの看板娘の言う通り――《スライム》のみ。 スライムには亜種を除いて、心臓を明確に狙って人間の命を奪うような知性はない。 というより、スライムに限らずここら辺に棲息する魔物は基本的には高度な知性はないに等しい。ダンジョンの高層階に住み着く魔物であればいざ知れず＿＿＿＿。 つまり、ティーナはこの白骨遺体は人間が危害を加えたために此処に転がっているのではないのか――と考察してみる。 更に、謎はもうひとつ。 どうして、こんな森に貴族の紋章が施されている剣を持った男の白骨遺体があるのか――という謎だ。 (そういえば、貴族の末裔が暮らしている城には護衛が何十人もいるっていうのと非番の日には精神と肉体を鍛えるためにもギルドで冒険者登録をして訓練に励む人も多くいるって聞いたことがあるのを思い出した……きっと、この人もそうだったのね……かわいそうに――でも……ごめんなさい……もう少しだけ、調べさせてもらうわ) と、ティーナが白骨遺体の男に関する素性を更に調べるべく身を屈めた時のことだ。 真下へ精神を集中させていたティーナには知る由もなかったけれども、真上にある霜にびっしり覆われた木が意思を持っているように大きく揺れたのだ。 ただ、葉っぱは霜に覆われ凍っていたため音がせず――しかも、ティーナは完全に地に突っ伏した状態の白骨遺体に気をとられていたため、すぐには気付くことが出来なかった。 そうして、ティーナを待ち伏せしているかの如く凍った木に紛していて身を隠していた《スライム》は未だに気付いた素振りを見せない彼の頭目掛けて落ちてゆく。 ぬちょっ＿＿＿＿と、日焼けを知らない雪のような白い肌にネバネバした感触をようやく自覚したティーナは咄嗟に真上を見つめる。 (あれは＿＿＿＿スライム…………！？) 咄嗟に、白骨遺体の側に落ちていた剣を手にしたティーナは自分目掛けて落ちてきたスライムの中央部分にある赤紫色のコアを狙って剣を横に振り払った。 すると、スライムは何体にも分裂していき――やがて、全てが地に叩きつけられる。 しかし、赤紫色のコアが深刻なダメージを受けない限り、スライムは再生する。それならば、と――今に至るまでに四体のスライムを退治した時と同様にギルドから支給された杖を構える。 さっきは、貴族の警護人だったらしき白骨遺体を見つけて動揺してしまった。 ギルドに寄せられた依頼は《スライムのコアを傷つけずに持ってこい》という内容なのだから、今のこの状況でも既に依頼を終えた四体のスライムと同じように杖で弱体魔法を唱えてコアを捕獲しなければ意味がないということに気付いたティーナ。 けれど、今までと同様に弱体魔法の詠唱を唱えたものの――スライムのコアを捕獲できる気配がない。 さっきまでは、簡単にコアを引き出せたというのに。 それどころか、少しすると目の前に立ち塞がるスライムの身に全く予想だにしていなかった異変が起こるのだった。