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★とある酒場の看板娘と、ある男の後日談★

* 「____い、おい……ティーナ、いつになく、ボーッとして……どうしたんだよ?」 「えっ…………な、何でもないわ」 ふと、ティーナはウィリアムに声をかけられてハッとしながら慌てて笑みを浮かべつつ誤魔化した。 何でもない、というのは嘘だ。 本当は、さっきからずっとこの酒場の未来についてと――つい先日に出会ったばかりのシズミ達一行のことについて考えていたのだ。 このまま、ギルドのクエスト依頼を昼間に受けていけば少なくとも酒場だけ経営してきた以前よりはお金が貯まる。 実は、つい先日のスライム退治クエスト終了後に親切にしてくれたシズミに気を許したティーナは自分の悩みごとと酒場の問題について打ち明けたのだった。 すると、シズミはこう提案してくれた。 『ソロでちまちまと低級クエストの依頼をこなすよりもパーティーを組んで上級クエストの依頼をこなした方が遥かに賃金が高くなる。だから、俺らと仲間になって一緒にクエスト依頼をこなしてくれないか?』 とりあえず、彼らとこれから会うまでは保留にしていたティーナだったが、もうすでに心は決まりかけていた。 でも、何故だかモヤモヤする。そして、そのモヤモヤは簡単には離れてくれないのだ。 だからこそ、仕事前に酒場を訪ねてきたウィリアムに声をかけられて思わずドキッとしてしまった。 その瞬間、ティーナは何故自分がさっきからモヤモヤしっぱなしなのかハッキリと分かってしまう。 最愛のウィリアムに対して隠しごとをしているせいだ。 「ウィリアム……あの、あのね……」 ____と、罪悪感に押しつぶされそうになったティーナがとうとう我慢しきれずに経営が傾きかけている酒場の未来のことや、昼間にこっそりと村外れのギルドに行ってシズミ達と共に依頼をこなした時のことを告げようとした時のことだった。 「おい、ウィリアム……おめえ、こんなしけた酒場にいたのか!?ったく、とっとと船に来やがれってんだよ。それと、おめえ……そこの暇そうに突っ立ってるおめえだよ――ウィリアムの幼なじみだか何だか知らねえがよ……こいつは、もう立派に水夫という仕事をしてんだよ。昔の役立たずな野郎じゃなくなったんだ。ああ、そうか――今はおめえと、かつてのウィリアムの立場が逆転しちまったってのか。こんな、しけた酒場……客もろくにいねえじゃねえか。いいか、とにかくだ……ウィリアムの邪魔すんじゃねえ……行くぞ、ウィリアム!!」 険しい顔をしつつ入ってきた男が誰なのか、ティーナはすぐにピンときた。ウィリアムの仕事である船乗りの水夫をまとめている船長のカモーラだ。 筋肉質で、青と白のボーダー柄のシャツを身に纏う男は遠慮なくズカズカとカウンターまで駆け寄ってくると、ウィリアムを諌めてから今度はジロリと鋭くティーナを睨み付けた。 今まで感じたことのないくらい強烈な【悪意】をカモーラから感じ取ったティーナは情けないことに何も言い返すことが出来ずに黙ったまま二人の背中を見送ったのだった。 こうして、酒場に残ったのは看板娘のティーナだけになった。 今日は、昔からの常連客でもあるウィリアムの父親のノルマンも珍しく昼間から仕事に行っていていないためだ。 憂鬱になった気分を紛らわせるために、残った食器やらを洗っていると、ずっと我慢していた悲しみが堪えきれなくなって無意識のうちにポロポロと涙が溢れてきた。 ぐいっと涙を裾で拭き終えた時――少し離れた場所からチリン、チリンと呼び鈴の音が鳴ったことに気付いてティーナは驚きを隠せないまま慌ててそちらへと目線を向ける。 その呼び鈴は、店内の奥から聞こえてきた。 まさか、静けさが支配する酒場内に、まだ客がいるとは気付いてなかった。 もう、とっくに客は全員出て行って、てっきり自分しかいないと思い込んでいたティーナは内心パニックになりつつも急いで服の袖で涙をぐいっと拭い取ると店内の奥の方にポツンとある窓際席まで駆けて行くのだった。

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