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★とある酒場の看板娘(本当は男)と、ある男の後日談★

「あ、あの……大丈夫ですか?あの、その……あまりにも――キャプテンが貴方に対して乱暴な口をきくので……気になってしまって。その、ご迷惑でしたらいいんですけど、よければこれを使って下さい」 その気弱で目をキョロキョロと忙しなくさ迷わせながらオドオドしている客が、遠慮がちにまだ悲しみの癒えていないティーナへと白い物を差し出してきた。 きちんと折り畳まれている、一枚のハンカチだ。高価なものではなさそうだし、所々僅かに汚れているハンカチだけれど、白い生地に縫いつけてある 【花の刺繍】に心を奪われてしまう。 赤い花のそれは、かつてレインが好きなものだった。よく、彼女が仲良しだった兄妹のお友達と共に摘んできてくれたものだと思い出した途端にズキズキと心が痛む。 そういえば、あの兄妹はレインがこの世を去ってから、どうしたのだっただろうか。 確か、親戚という男性に無理やり手を引かれながら去っていった気がするけれど――それ以降は姿を見てもいないし、酒場にも来ていないのだから分かりようがない。 特に妹の――ティマの方はレインと一緒に近くにある花畑に行ったり、海で遊んだりと特に仲良くしていたのにレインが亡くなった命日に墓参りにも来てくれないのは寂しく思う。 それなのに、何故あの兄妹のことを今まで記憶の中から忘れかけてしまっていたのか、ティーナは不思議でならない。 その罪悪感のせいか、ハンカチを受け取るのを戸惑っていたティーナ。 そんなティーナの様子を見て、窓際席に座りながら本を読んでいた船乗りらしくない男は悲しげな表情を浮かべながら、ハンカチを持つ手を引っ込めた。 「ご、ごめん……っ……やっぱり、迷惑――だよね?」 「いいえ、迷惑なんかじゃ……ないわ。ありがとう――えっと、確かウィリアムと同じように水夫として働いてる……サムだったわよね?あなたは、船乗りのお仕事に行かなくてもいいの?あのキャプテンさんは、とっても恐ろしいのよ」 無理やり笑顔を作ったティーナは遠慮がちにハンカチを受け取ると、ウィリアムと同じ船乗りのサムという男へと礼を言った。 「い、いいえ……その……ぼくはウィリアムとは違って……水夫として全然期待されていないから……大丈夫ですよ。それに、実はまだ休憩している最中なんです。キャプテンはウィリアムに期待しているから、色々と水夫としての仕事を教えようと息巻いてますけど……ぼくは水夫として存在さえ認めてもらえてるかどうか……分からないから。それに、ぼくは……あ、貴方のことが心配なんです……ティーナさん」 と、いつの間にかサムによって両手をギュッと握られながら言われたティーナはあまりにも驚いてしまい、無意識のうちにその手を振り払ってしまった。 サムの言葉は、ジッと此方を見つめてくる表情からも汲み取られるように冗談などには聞こえなかったからだ。 「ティーナさん……ぼく、ずっと……貴方のことが……」 サムが顔を真っ赤にしながら言おうとしている最中に酒場の扉が開いた。 扉を開けてズカズカと中に入ってきたのは、ついさっき出て行った筈のウィリアムなため、再び驚きの表情を浮かべるティーナなのだった。

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