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★とある酒場の看板娘(本当は男)と、とある男との後日談★

* 「おいおい、何をボーッとしてるんだ?せっかくパーティーを組んで、更にはダンジョンデビューだっていうのに。初めてで、尚且つ第一階層だからといって油断するのはダメだ。それとも、他に何か気になることでもあるのか?」 「……っ____!?」 四方八方を石壁に囲まれ、不快さを覚えざるを得ないくらいのジメジメしている《ダンジョン・第一階層》にてティーナは正式に仲間となったシズミに声をかけられハッと我にかえった。 確かに、ティーナはボーッとしていて心ここにあらずだった。それは、数日前に酒場でウィリアムと久々に喧嘩をしたせいだ。 ウィリアムと同じ船乗りの男に声をかけられ、更には涙ぐむ自分へハンカチを差し出しつつ慰めてくれた男に対して、血相をかえて戻ってきたウィリアムはあろうことか「今すぐにティーナから離れろ。それと、怪しいものを渡すな」と珍しく怒りをあらわにしながら好意を一方的に突っぱねたのだ。 そして、最終的にティーナは「親切にしてくれた人に対してそう言うのは、あまりにも酷い!!」とウィリアムを責めた。すると、彼はムッとしながら酒場から出て行ってしまったのだ。 あれから、何度かウィリアムとは外で顔を合わせてはいるものの以前のように気軽に口をきくことはなかった。 日々、ウィリアムに対する罪悪感は募っているものの、知り合ったばかりでよく知りもしないシズミ達一行にそのことを告白して胸の内を吐き出すというのは何となく気が乗らない。 「まあ、言いたくないのなら無理にとは言わないけどな。でも、ティーナ……これだけは覚えていてくれ。俺らのことを、お前は知り会ったばかりでよく知らないと思っているかもしれない。だけど、俺はお前に出会えて良かったとも思っているし……仲間に引き入れて良かったとも思っている。だから、何がお前を悩ませているのか……それを打ち明けてくれると嬉しい」 「じ、実は____」 あまりにも一行のリーダーであるシズミが真剣な表情を浮かべつつ心配そうな目を向けながら此方へと訴えかけてくるため、ティーナは思いきって自分の悩みを打ち明けた。 それだけでなく、昔からずっとウィリアムに対して恋慕の念を抱いていることや、血が繋がっていないとはいえ、かつてウィリアムの娘であるレインの側にいたにも関わらず彼女を救えなかったことを今でも引きずっていることと、更にはウィリアムと言い合って喧嘩してしまったせいで距離感が遠くなってしまっていることなどを涙ながらにポツリポツリと告げたのだ。 「だから……どんな顔をして、これからウィリアムに会えば……って____会ったばかりのシズミさん達にウィリアムやレインとのことを相談したって……しょうがないのに……ごめんなさい」 「いや……遠慮なんかせずに思いのたけを話してくれて構わないさ。ただ、ここは既に地下ダンジョンの一階層だ。油断してると痛い目見るからそれだけは忘れずにな」 シズミは、涙ぐむティーナを邪険にすることもなく受け止めてくれる。しかも、ただ受け止めてくれるだけでなく、きちんと厳しくアドバイスしてくれるのを見て改めて彼はパーティーのリーダーとして適正があるのだなと思い感心してしまう。 そんなパーティーの目の前に、一匹のネズミが現れたのはその直後のこと。体の大きさは街にいる一般的なネズミとさほど変わらないように見える。それに、此方に対して敵意もないように思えた。 だが、ここは街中ではなく地下ダンジョンだ。 その普通に見えるネズミが実は下級の魔物であり、いつ此方へと襲いかかってきても何らおかしくはない。 いくらダンジョンや冒険に疎いティーナでも、それは理解していたため、ギルドで支給されている武器(小型の剣)を構える。そして、もちろん冒険に慣れているシズミ達も同じように各々の武器をティーナよりも先に構えていた。 「ねえ……このネズミ――あたしが鑑識したところによると魔物じゃないみたいだわ。でも、こいつ……口に魔物のオーラが滲み出てる金貨を咥えてるわ。きっと、アッチに何かあるのよ。行ってみましょう……もしかしたら大型……ううん、それは言い過ぎかもだけど最低でも中型の魔物がいるかもしれないわ」 ティーナよりも年下の女の子だと思われるビルマだが、随分と堂々とした口振りで誰にも命じられた訳でもないのにテキパキとしている。おそらくは、シズミがリーダーという肩書きなら彼女は一行のサブリーダー的な立ち位置なのだろう。 「うん……じゃあ、ビルマの言う通りアッチに行ってみるか。もしも、ビルマの言う通り中型の魔物がいるのなら……忌々しいネズミ退治だけじゃなく支給金も弾むからな」 ニッコリと穏やかな笑みを浮かべつつ、シズミは呟くと、そのままネズミがいた方向へと一行を引き連れていく。 すると____、 閉ざされた黄金の扉があるのが見え、シズミは無言で支給品の中にあった手袋をはめるとネズミの口から金貨を取り上げ、そのまま手際よく黄金の扉にある窪みへとそれをはめる。 ゴ、ゴ、ゴ、ゴ____ ゆっくりと扉が開く。 そして、完全に扉が開かれたのを確認したシズミは金貨を咥えていたネズミを間髪入れず素早く退治すると、一行を扉の中へと引き連れて行くのだった。

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