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★とある酒場の看板娘(本当は男)と、とある男の後日談★

* ウィリアムが船の上にて短い休息をとっている、ちょうどその時にティーナは慣れないダンジョン探索の疲弊もいっぺんで吹き飛んでしまうくらいに途徹もない興味深さを抱く場所に辿り着いた。 少なくとも、昼間に酒場のカウンターでボーッと客を待っている時よりかは遥かに興味深いといえる。 とはいえ、ダンジョン探索にかなり慣れているシズミ達の後ろをひたすらついて歩くだけだったけれども、そんな僅かな罪悪感すら吹き飛んでしまうくらいに魅惑的な場所に降り立ったのだ。 このダンジョンに連れて来られてから、最初の方は、闇に包まれた薄暗い場所だとしか思えなかった。 レンガに囲まれ、閉塞感しか抱かないような通路をひたすら前へ前へと歩いていく。 そして、やがて「この先は階段をひたすら降りていくから気をつけろ」というシズミの忠告を受けて、ひたすら下へと歩き続けた。 一定の場所を踏んでしまったら壁から矢が飛んできたり、或いは下から鋭い槍先が突き出してくるトラップがある危険極まりない通路を抜けると、またしても下へと続く階段を降りた。 その矢先に、ようやくこの美しく幻想的な場所(ダンジョンでは階層というらしいが)へと降り立ったのだ。 「ここはダンジョンでは地下階層と言われていて、地上階層と違って光の存在する場所なの。そうは言っても日の光が届くから明るいわけじゃないのよ。ほら、あそこ見てみて……すっごく大きな木が見えるでしょ?」 ビルマの甲高い声が辺りに響くが、そんなことはティーナは気にも止めずに言われた通りに中央へと目を向ける。 そこには、ビルマが言うように確かに青々と葉を繁らせる大樹がそびえ立っていて、尚且つひとつだけ【ジュマの実】とそっくりな実をつけているのが見えた。更に立派な大樹を取り囲むようにして周囲の空中には様々なものが、ふわりふわりと浮遊している。 逆さまに浮かぶ、木造の建て物____。 逆さまに浮かぶ、鳥籠(ただし中身はよく分からない)____。 逆さまに浮かぶ、槍を手にしている勇ましい男の人の石像____。どことなくパーティー内では戦士として尽力しているエスの雰囲気に似ている気がしないでもない。 そしてそんなものが浮かび上がる周囲を取り囲むようにしてそびえ立っている大樹に成っている【ジュマの実】とは、ティーナが幼い頃から目にしているもので酒場近くの森にたくさん生えているものだ。 それは昔と今でも変わらず、ティーナだけでなく村人もよく目にするものである。 『このジュマの実には気をつけろ。目にするだけならまだしも、もしも口にしてしまえば――とても悪いことが起こる』 幼い頃、大人たちから忠告されたことを思い出す。それと同時に、もうひとつ――今までは思い出さないように必死で心に蓋をしていた《ある事実》を思い出してしまう。 ______ ______ 『ねえねえ、ティーナさん。あの森にね、とても面白い形をしたジュマの実があるんだって。わたし、それをティーナさんに見せてあげたい……そのジュマの実を手に入れたら願いが叶うんだって!!』 『でも、レインちゃん……あの森に行くには船で海を渡らなくちゃならないのよ?とても危険だわ』 『でも、わたし……お父さん(ウィリアム)とティーナさんには仲良くなってもらいたい。お父さんは鈍感だから、ティーナさんのことは幼なじみとしか思ってないの……きっとね。だから、その面白いジュマの実に二人が仲良く死ぬまでずっと一緒に暮らせるようにってお願いするの』 ウィリアムと彼の父であるノルマンがいない――というより、レインと二人きりで交わした秘密の話の内容を思い出したティーナは目の前が真っ暗になり思わず倒れ込みそうになってしまった。 ______ ______ その直後、ティーナの異変に真っ先に気がついたシズミが咄嗟に体を支えてくれたため、どうにか前のめりに倒れ込まずに済んだ。 ずっと忘れ去ろうとしていたレインとのかつての記憶が蘇ってしまい、一時的に軽い目眩に襲われたのだと悟ったティーナは深いため息をついた。 けれど、ティーナがため息をついてしまったのは目眩による体調不良のせいだけではない。 少し離れた場所に存在する【大樹】の枝に、レインの命を奪ってしまった《原因のひとつ》であり、尚且つ《きっかけ》でもある、面白い形をしたジュマの実が成っているのを目の当たりにしてしまい激しく動揺してしまったからだ。 「おい、大丈夫か!?」 「あ、ええ……大丈夫。ただ、少し昔のことを……思い出しただけだから――それにしてもあの実……なんだか面白い形をしているわ。もしかして、あの実がこのダンジョンを攻略するために必要だったりするの?」 「おっ……少しはこのダンジョンに対して慣れてきたか?まさに、ティーナが言うとおりだ。あの実を取ってみれば、とても興味を曽そられることが起きる」 一瞬、戸惑いの色を浮かべて足取りを止めたティーナに対してリーダーであるシズミは優しく言う。メンバーの戦士であるエスは黙ったままだ。元々、寡黙な男なのだろうとどことなく察したティーナはそれに関しては特に何も思わない。 思ったところで、しょうがない____。 だが 、メンバーの中で紅一点であるビルマは違う。無愛想で寡黙さが定着しているエスとは違って、面白いくらいにコロコロと表情を変える。 それに、シズミに対しての態度がエスに対してと明らかに違うのは、おそらくは彼のことを特別に想っているからだろうと察せられるくらいに声のトーンや素振りが違う。 「シズミの言うとおりね。少なくとも、ちっぽけな世界に捕らわれて寂れかけた酒場のカウンターでボーッとしているよりは面白いことだわ。ティーナ、それをすれば、あなたは真の仲間になれるの。幼なじみだとかいうウィリアムという人だって――あなたの勇気に感激するに決まってるわ。あの実をもぎ取るだけで新しい世界がお前を受け入れてくれる……だから、さあ____」 案の定、ビルマはシズミの言葉に同調した。 そして、ティーナはゆっくりとした足取りながらも確実に《特別な形をしたジュマの実の成る大樹》へと向かっていくのだった。

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