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★とある酒場の看板娘(本当は男)と、ある男の後日談★
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船乗りの仕事はつらい____。
特にウィリアムはまだまだ下っ端の水夫だし、何かと航海士と呼ばれる先輩達から雑用を押し付けられることが多いため肉体的にも精神的にもクタクタになる。
航海士にも階級というものがあり、なかなかうまくいかない船上の人間同士の関係性を目の当たりにして、それだけでクタクタになる日もザラにある。
しかしながら、こんなことでへこたれていては――船乗りのトップである《キャプテン》になるという夢には到底辿り着かないと今では理解しているため、どんなに悔しい思いをしようとも涙を流そうとも歯を食い縛って耐え抜くしかないのだ。
だが幸いにも、つらい日々に歯を食い縛りつつ耐え続けている仲間はいる。
とはいえ、つい先日仲良くなったばかりなのだが、そんなことは些細なことだ。
サムと共に、この狭い【世界】を生き抜こうと眼前に広がる四方八方が白と青――それに時々は灰に染まる海をジッと見据えながら、現実逃避に必要かつささやかな嗜好品として忍ばせていた《ジュマ蜜酒》を一気に飲み干す。
すると、ふいに後ろから気配を感じたウィリアムは恐る恐る振り返った。
「おい……今は暇だろ?お前に話がある。ちょっと来い――むろん、オレとお前の二人きりでだ」
てっきり、サムだと思っていたウィリアムはあまりの驚きに声すら出せずに無言で頷くことしかできなかった。
ちらり、と目線を辺りにさ迷わせてみる。
サムは少しだけ離れた場所で他の水夫達と笑顔を浮かべつつ楽しそうに会話をしている。
此方のことなんて、気にも止めていない。
さすがに声をかける気にもならずに、ウィリアムは仕方なく【キャプテン】の後をついていく。
そして、まっすぐ行けば《地下船牢》に続く狭い通路へと連れて来られた。
《地下船牢》とは船乗りとしての掟を破ったり、苦行に耐えられず船から逃げ出そうした輩を懲らしめるために作られた牢のことだ。
だが、そんなことは今は関係ない。
「あ、あの……俺に話って何ですか?」
「悪いことは言わねえ。これ以上、サムと付き合うのは――止した方がいい。あいつには、問題がある。他の奴らも……皆――そう言ってやがる」
「え……っ____!?」
ウィリアムは自分の耳を疑った。
それは、いつもは冷徹極まりない【キャプテン】が珍しく自分から見て右側の口角にほくろがある口元をぎこちなく引き上げながらどことなく弱気な笑みを浮かべている様を見てしまったせいもある。
けれど、何よりも不思議に思ってしまったのは【キャプテン】が言うように、サムに何らかの問題があるとは到底思えないせいだ。
確かに、サムは自分と同じように積極的に他人と話すタイプじゃない。けれども、他人に話しかければ普通に笑顔まじりに会話をするし他人へ気遣いもできる。
そして、つい先日は船乗りの仕事は好きでなったわけじゃないと漏らしてはいたものの、だからといって決して仕事に対して手抜きをするように見えない。
「…………」
ウィリアムは答えに迷ってしまう。
そのせいで、ただでさえ灯りが少なく、せいぜい二人が通れるくらいの狭くて薄暗い《地下船牢》に続く通路に暫くの間沈黙が訪れる。
だが、ウィリアムがようやくその言葉の真意を【キャプテン】に尋ねるべく口を開こうとした時――更に困惑する出来事が起きてしまう。
話の内容の張本人であるサムが、いつの間にか【キャプテン】の背後に立っていたのだ。通路が薄暗いせいで、ウィリアムはそのことに気付くのが遅れてしまった。
しかしながら、サムは何事もなかったかのようにその手に船乗り達が好む《ルベル酒》を持っていてニコニコと笑いながら立っている。二人の会話など聞こえていなかったといわんばかりに子供のように愉快そうな笑みを浮かべながら此方へと近寄ってくる。どことなく頬が赤い。おそらく、さっきまで他の船乗り達と酒を飲みながら談笑していたせいだ。
「キャプテンに――それにウィリアムまでここに来ているなんて珍しい。一緒に、これ飲みませんか?キャプテンはルベル酒にはうるさいって聞いたんで瓶ごと持ってきちゃいました――如何です?」
「あ、ああ……わりぃな。おい、ウィリアム……今話した通り、明日はそういうことで頼むぞ。めったに来ることはねえ上客がこの船利用するんだ、くれぐれもヘマすんじゃねえぞ」
サムがこっちへと声をかけてくると【キャプテン】も何事もなかったかのように豪快に笑いながら彼へと答える。
そして、その後は【キャプテン】は先程までの普段とは別人のような様子がまるで嘘だったかのように、ウィリアムへと言ってからサムの持っている《ルベル酒》の瓶をかっぱらうとそのまま去って行ってしまった。
その後は、特に何の問題もなく船乗りとしての平穏かつ長い一日は幕を閉じようとしている。
『____には、姿を真似る……魔物が____』
『それ……スライム……じゃ……い……のか』
『いいや、ちげえ……そんな低級な奴なんかじゃ……ねえ……そいつにゃ……知恵が…………』
何故かは知らない____。
けれど、ついさっき聞いたばかりである他の船乗り達とサムとのとりとめもない会話がぐるぐると目眩の如く頭の中で巡り続けていて寝付いたのは朝方に近い時刻だった。
そして、寝ぼけ眼のウィリアムは明朝――怒り狂った【キャプテン】に強引に叩き起こされることになるのだった。
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