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★とある酒場の看板娘(本当は男)と、ある男の後日談★

* 『あのね、その珍しいジュマの実は――とっても可愛い形をしているの。普通のはトゲトゲしたものだけれど、それはね逆さまのハート形をしているんだって。それでね、もしも私がそれを見つけたらパパとティーナさんに食べてほしいの。それを口にすることによって――願いが叶うっていわれてるから……だから____』 目の前に現れた《逆さまなハート形の実》がなる堂々とそびえ立つ大樹を呆然と見つめつつ、ティーナは忘れたくても忘れられないレインとの思い出に浸ってしまう。 そんなティーナの煮え切らない態度を見て、シズミもビルマも――特にビルマの方がじれったそうに此方へと厳しい目線を向けてきた。 薄々、そのことに気付いてはいたものの最早ティーナの心は過去の《レインが生きていた頃の世界》に囚われていた。 《逆さまなハート形の実》は、まるでティーナを祝福するかのように全体が目映く光り輝いている。 まるで、かつて自分に対して満面の笑みを浮かべてきたレインが誘惑しているかのように釘付けとなってしまう。 (この実を手にして、それを食べれば――どんな願いでも叶う……ウィリアムが帰ってきたら謝って――そして、レインを生き返らせるようにこの実に願いを込める……そうすれば何もかもうまくいくわ……酒場にだって前みたいに賑やかな笑顔が溢れるに違いないし、ウィリアムズだって……それを望んでる筈よ――彼だって娘のレインを生き返らせたいに決まってるわ) ティーナは誰もが日々過ごしてゆく中で、生半可な思いでは手にすることなどないだろう《禁断の果実》へと手を伸ばす。それをするには、今まで一度もやったことのない木登りをしなければならなかった。 けれども、ウィリアムやレインと違って運動神経に恵まれることのなかったティーナが木登りをするのは、これまた生半可な覚悟ではうまくいかない。それでも、何とか時間をかけてゆっくりとだが確実に大樹の頂付近から伸びる【可愛い形をして光輝く禁断の果実】が成っている場所までよじ登ってゆく。 ふと、ティーナが真下へと目を向けると武器である剣を構えながら辺りを警戒している素振りのシズミと満足そうに笑みを浮かべながら杖を構えるビルマ。そして、相変わらず無表情のまま此方の動向をジッと見つめ続けるエスの姿が見える。 三人の姿は、中央を陣取るように聳えたつ大樹を取り囲むようにして、こんこんと地面から涌き出てくる水でできた泉の水面にも映り込んでいる。 以前に出会ったダイイチキュウから来たという少年たちと三人のエルフからなるグループ一行が教えてくれた《ダイイチキュウの鏡というもの》が起こす現象のように、泉の水面にはシズミが持つ剣もビルマの持つ杖の位地が逆さまとなって此方の目に飛び込んでくる。 「えっ…………!?」 懐かしさにとらわれていたティーナがそれに気が付いたのは、あまりにも一瞬のことだった____。 こんこんと地から涌き出てくる泉の水面にエス達三人の姿が映り続けている。 それ自体は特別におかしいことじゃないし、ダンジョンとはいえ森の中にあり、自然豊かなこのような場所であるならば当たり前のことのように思える。 しかし、ふいっとティーナが目線を【禁断の果実】へと戻そうとした一瞬の間のことだ。 まるで生気のない――かつてダイイチキュウから来た人間の少年らとエルフ三人とで構成されるグループが《ティーナの酒場にかかっていた呪縛》を解決し終えて生前は酒場の常連客だったアンデッドの皆が幻惑ではない元の姿へと戻った時に見ざるを得なかった【骸骨】と瓜二つな姿のエスが見えたような気がした。 両目がある筈の場所はぽっかりと黒い穴が開いていて、更には吹き付ける風が通り抜け、ひゅーひゅーとまるで病人の微かな息のように不気味な音がそこから聞こえてくる気がした。 だからこそ、慌てて再び泉の水面へと目線を戻したのだ。けれども、そこにはこのダンジョンに入った時から見ていた何の変哲もないエスがいるだけだ。 不安は抱いたものの、今のエスには特に異変などなく自分の気のせいだと判断したティーナは今度こそ【レインが教えてくれた実】へと手を伸ばし、それをもぎ取ることに成功した____ ____かに思えた。 少なくとも、《口にすることで願いが叶うジュマの実》を手にすることはできた。 しかしながら、突如としてティーナにとって思いも寄らない事態が起きてしまう。 その実を手にした途端に、大樹がまるで意思を持つ生き物のように雄叫びをあげつつ、更には四方八方に伸びる細長い枝がゆっくりとだが確実に集結していく。 そして、結果的には二本の太い幹となり、人間の腕のようになると明確にティーナ腕から《特別なジュマの実》を取り戻すために素晴やく伸縮を繰り返しながら彼の方へ襲いかかってくる。 こんなのに押し潰されてしまえば、ひとたまりもないだろう。 「ティーナ____こいつはエンドーサっていう魔物よ!!あたし達が加勢するから、あなたは早くそこから飛びおりて!!」 ビルマの声が、辺りに響いた。どうやら、この大樹は《聳えたつ大樹》に見えていただけで、訪れる者が【願いを叶える実】を手にした途端に襲ってくる魔物らしくティーナはあまりにも突然なことに驚きを隠せずにいたものの結果的にはビルマの言う通り、どうにかして【エンドゥ】の打撃攻撃をギリギリかわすとそのまま三人が待つ地上へと飛びおりる。 いくらギルドから支給された防具をつけているとはいえ、高所から飛びおりたのだから咄嗟にギュッと目を瞑ってしまう。するとティーナの瞼の裏に地上で待っている新たな仲間の三人ではない。ましてや、更に思い出の中でしか生きることのない少女レインの姿でもない。 つい先日喧嘩別れしたばかりであるウィリアムの《怒っているような、はたまた泣いているようなどっちつかずの顔》が一瞬浮かんだのだ。 けれど、それはほんの僅かなことだった。次の瞬間には別の顔が眼前に飛び込んでくる。 口元を歪め、ホッと安堵しているかのように見えるシズミの笑顔だ。それから少しして、今――周りの皆がどのような状況なのか理解できた。 シズミは大樹【エンドーサ】の頂上付近から飛びおりたティーナを庇うべく、彼の体を抱き抱えてくれている状況だ。ティーナの体は横向きとなっていて、更にシズミは脇付近と膝下を持ちつつ支えているという状態となっている。 幼い子供の頃から共に過ごしていることが多いウィリアムからでさえ、こんなことをしてくれた記憶などないためどことなく気恥ずかしい。 ビルマとエスは、互いに得意な攻撃であろう《火の魔法》と《斧による打撃》をベテランさながらの慣れた手つきで【エンドーサ】と攻防を繰り広げている。 「よし、とりあえずは無事でよかった……でも、まだお前には……するべきことがあるよな?」 「えっ…………!?」 「俺達との約束を守らない裏切り者は……嫌いなんだ。エンドーサなどもはや取るに足らない存在――それよりも、お前には成すべきことがあるじゃないか」 シズミは、先程とはうってかわって無表情となり抱き上げていたティーナを優しく地に降ろすなり、そう告げる。 そして、ティーナの体のある一点へ視線を向けた。 シズミが何を言わんとしているのかは、既に分かりきっていた。 同じようなことを、ビルマからも言われていたから。 《願いを叶うことができる特別な実》は、そのロマンチックな形とは裏腹に、とても苦い。 少なくとも、直後に強烈で耐え難い目眩を起こさせるくらいには____。 *

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