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★とある酒場の看板娘(本当は男)と、ある男の後日談★
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一方、ウィリアムは相変わらず船の上で水を吸ったブラシを必死で擦りながら、キャプテンから命じられた掃除を行っていた。
今日は、これから上客が続々と船を利用するというのだからキャプテンの気合いに満ちた様も理解できる。
ウィリアムやティーナらが暮らす村を領地とする、偏屈極まりない王族の子孫である貴族の男があちこちの領地から《貴族》と《その貴族の親族達》を集めてパーティーを行うらしい。しかも、海を隔てた様々な国からも集めているらしいので、かなりの数の人(中には人間ではない異種族もいるとのことだ)が、この船を利用することとなるのだ。
甲板の拭き掃除を終え、その他もろもろの雑用を終わらせると客が来るまで少しばかり暇ができた。そのため、ウィリアムは娘がこの世を去ってからというもの一日を過ごしていく中で欠かすことの出来ない葉巻を吸う。
さすがに、いくらか暇ができた休息時間とはいえキャプテンやら他の水夫達にどやされるのは嫌だったので滅多に人が来ることのない甲板の端っこで規則的に揺れる白波がたつ水面をボーッと見つめながら葉巻を味わう。
雲ひとつない青空の真下で、寒くもなく暑くもない丁度よい海風に吹かれながら、ウィリアムは喧嘩別れする前のティーナの顔を思い出した。
はっきりと言葉には出さないものの、酒に溺れて尚且つ葉巻まで過剰に吸うようになった自分を責めるかのようなティーナの呆れた目を見る度に娘の死から立ち直れない己に対して歯痒さを感じて、わざわざ余計なことまで彼に対して言ってしまう。
そして、それが堪らなく嫌になって――またしても酒や葉巻に溺れてしまうのだ。
それでも、こうして船乗り(下っ端だが)として務め始めて、どうにか酒は以前よりかは飲まなくなってきたものの《葉巻を吸う》のは中々止められない。一日のうちに何度も禁断症状が出てしまい、何もないというのに手が震え息切れがして意識せずとも勝手に涙が溢れてきてしまう。
それは精神的な問題だというのを、ウィリアムは分かっていた。
だが、生前のレインが葉巻を吸う自分のことを「かっこいい」と目を輝かせてはしゃいでいた思い出はそう簡単には離れてはくれない。
葉巻を吸えば吸う程に、寿命が減るのが早くなるということも当然理解している。だからこそ、ティーナは心配してくれて呆れた目を向けてくることも分かりきっているというのに、どうしてもその目を向けられる度に自分の思いとは裏腹な悪意のこもった言葉が口から出てきてしまったのだ。
(とはいえ、やっぱり船の上で吸うのは止めにするか)
と、大きなため息をついてから再び大勢の客が乗り込み始めてきた甲板へと戻ろうと階段を上がっている最中にキャプテンとぶつかってしまった。
慌てて謝るウィリアムだったが、キャプテンは特に咎めることはなく、どことなく呆然としながら船員室へと向かって歩いていった。
そして、ふと感じる違和感____。
その違和感が何なのかまでは、ウィリアムはすぐに気付けなかった。
それでも、喉に魚の小骨が引っ掛かったかのような正体不明の違和感はまとわりついてくる。
しかしながら、キャプテンだからって呆然とすることくらいはあるだろうと無理やり納得してしまうと、上客が待っている甲板へと戻っていく。
これから、上客達の乗船確認をしなければならないからだ。
甲板へと戻るため、階段を上りきった直後のことだ。
ふいに、貴族やその縁がある者達らしからぬ格好をした少年と肩がぶつかり合ってしまった。
「……っ____失礼しました」
格好ばかりではなく、咄嗟に謝ろうと口を開きかけたウィリアムに対しての態度までもが少年っぽくない。
おそらく、どこかの貴族が引き連れている従者か、はたまた物好きな奴隷なのかは分からないが貧乏人といえないまでも決して裕福な生活を送っているとはいえないウィリアムでさえ哀れみを覚えてしまうような身なりなのだ。
カールがかり、左目が隠れるくらい長いボサボサな栗色の髪。更には所々に泥染み跡が目立つ灰色のワンピース。 その形からして、女性が着ていたお古のように見えなくもない。
しかしながら、髪に隠れてしまっている左目とは違って剥き出しとなって此方を見つめてくる右目は晴れた日の海のように澄んでいて、とても美しいと感じてしまう。
「いや、失礼なのはこっちの方だ。考え事をしていてボーッとしてしまっていた。此方こそ、済まなかった」
と、言い終わったことで過ちに気付いた。
いくら派手なものを好み煌びやかな服装を身に付ける貴族らしからぬ格好をしていて、容易に奴隷か従者だと想像できるからといって、上客のうちの一人に縁がある少年なのは間違いないというのに砕けた言葉使いとなってしまったのを自覚したせいだ。
この暑さの中、冷や汗がでるくらい大いに焦るウィリアムだったが肝心の少年はそれを気にする素振りもなく、ましてや怒りをあらわにする訳でもなく穴があくのではないかというくらいに彼をジッと見続ける。
「…………くさい」
すると突如として少年はウィリアムの服へと鼻を近づけ匂いを嗅いだ後、ボソッと呟くと一瞥してから多くの貴族がめいめいはしゃぐ甲板の方へとゆっくり歩いていく。
(きっと葉巻の匂いのせいだ……)
普段ならば特に気にせずに、それで納得するウィリアムだったが何故だか妙に少年の言動が気になり、水色と白の縞シャツをつまみ上げて鼻の方へと持っていき匂いを確認してから慌てて彼を追い掛けてゆく。
特に変な匂いなどしないことを確認したウィリアムが少年を追い掛けていくと、人の波に飲まれながらも、ようやく彼を見つけることができた。
少し離れていて見えづらいけれども少年が、誰かと話しをしているのは分かる。
そして____、
「おい……お前、そこにいる船乗りのニンゲンの男、少しばかり話しがしたい。こっちに来い」
少年が話しをしている相手の男――とはいえ、ニンゲンの男ではなく銀灰色の毛に全身が覆われた狼獣人に半ば強引に言われてウィリアムは仕方なく近づくしかないのだった。
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