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★とある酒場の看板娘(本当は男)と、ある男との後日談★
*
ふいに、ティーナは目を覚ます。
その直後、いったい自分の身に何が起こったのか必死で思い出そうとしてみた。
何だか頭がボーッとしているように感じたし、更には少しばかり体が重い気がしたからだ。もっというと、体全体が寒く感じるのだ。
(あれ、ここ……どこ____そもそも、こんなに……周りが暗かったっけ……何かよく思い出せない……)
思い出そうとすれば、する程に頭の中に霧がかかっているような――そんな奇妙でモヤモヤした感覚に襲われてしまう。
更に、次に襲われる妙な感覚____。
体の上に何か重いものが乗っかっていて《自分の意思ではうまく動かせない》という奇妙さというよりも、むしろ恐怖と不安さが勝ってしまうような感覚に囚われてしまったティーナは閉じていた瞼をゆっくりと開く。
「お、やっと……起きたのか?ずっと目覚めるのを待っていたんだ。もちろん、無理やり起こすこともできたけど、それじゃあこのダンジョンでの最高のフィナーレに相応しくないだろう?」
「そうよ。これからがお楽しみの時間なんだから、さっさと終わらせちゃったら――つまらないわ。それに、そんなことで怒られるのもご免だしね」
目を開けた途端に飛び込んできたのは、子供が悪戯を企んでいる時のように愉快げな笑みを浮かべるシズミとビルマの顔だ。
その表情が彼らと出会った時のように人懐っこいものだったため安堵したティーナだが、やはり喉に魚の骨がささった時みたいな不快さを伴う違和感はすぐには消えてくれない。
どう考えてみても、彼らが自分に対して囁くかのように小さな声で言ってきた言葉の内容がおかしいからなのだけれども、頭の中がふわふわとしている奇妙な感覚に囚われてしまいボーッとしているせいで、そんな簡単なことすら気付けずにいた。
(それにしても、寒い――何でこんなに寒すぎるの……)
____と、目線をキョロキョロと動かすと、あろうことか先程まで身に付けていた衣服を着ておらず素っ裸の状態になっていることに気付いて、少しばかりだが頭の中が晴れたかのような気になった。
「ろ、ろう………して……こん……にゃ____」
声は出せるものの、何故か呂律がうまく回らない。
今陥っているこの状況に対して訳が分からないまま困惑するしかないティーナの問いかけに答えるかのように、ほほ同じタイミングで口元を引き上げて醜く笑う【シズミ】と【ビルマ】___。
「このダンジョンに足を踏み入れた時点で――いいえ、正確に言えば……あのギルドに足を踏み入れた時点で、あんたはアタシ達の策に嵌まっていたのよ。全く、世間知らずとしか言い様がないじゃない?今までろくに苦労をしたことがない証拠よね。そんなんだから、アタシ達みたいなのに騙されるのよ」
「あのギルドは、ある貴族様が経営しているまもので、表向きは普通のギルドとして成り立っている。けれど、裏では小さな子供をそこらに売り付けて金にするっていう汚い秘密があるのさ。だが、そんなことは俺らにとってどうでもいいことだ。その貴族様の甥である御方が、どうしても酒場の看板娘である君を手に入れたいと貴族様へ言ってきた。そこで貴族様とその甥である御方は俺らとある取引を交わしたんだ」
ニヤリと醜い笑みを浮かべながら此方を見つめてくる【シズミ】と【ビルマ】には、かつての優しさや穏やかさなど全くといって見られない。
それに、体を自由に動かせないティーナが唯一動かせる眼球を上下左右にキョロキョロと動かしながら辺りの様子を目線のみで確認してみても【エス】の姿がどうしても見つけられない。
さっきまでは確かに、シズミもビルマと三人でパーティーとして行動していたにも関わらずだ。
まるで石ころのように動けなくなってしまった冷たいティーナを体の上を、【シズミ】の手が這い回る。
「ある……取引____!?」
朦朧とする意識の中で、呟きかけた直後ことだ。すぐ近くからコツ、コツという靴音が聞こえてきて、ティーナはおそるおそる視線をそちらへと向けた。
まるで、タイミングを見計らったかのようにわざとらしい靴音だったせいだ。
「ああ、愛しいティーナ。ここからは、ボクが説明してあげる。シズミとビルマに対してボクがした取引とは、君を手に入れるためにこの無限ダンジョンへと誘き寄せること。そして、それを成し遂げたらその代わりに……ボクとこのシェイプシフターが作り上げた無限ダンジョンで永久に皆からの栄光と不老不死を与えてあげることさ。つまり、ボクの目的は君を永遠に手に入れるため、そしてシズミとビルマはかつて浴びていた栄光を再び浴びることとそれを失わないために不老不死となるためってことだ。この無限ダンジョンなら邪魔者のウィリアムもいない。口うるさくて金にしか興味のない貴族の叔父上だっていない!!まあ、あのギルドを利用させてくれたことに関しては……感謝しているけどね」
ピタリ、とわざとらしい靴音が止んだ途端に今まで体の上に乗っかって、玩具を弄ぶかのように手を這わせていた【シズミ】がそこから退いた。
けれど、、その代わりだといわんばかりに今度は靴音の主が寒さと恐怖から小刻みに震えて鳥肌がたっているティーナの体の上へとのしかかる。
靴音の主は、昼間はウィリアムと同様に船の上にいるはずの――サムなのだった。
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