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★とある酒場の看板娘(本当は男)と、ある男の後日談★

* 一方、ウィリアムは人気のない甲板の隅の方へと銀色の毛に全身を覆われた狼族の獣人とその傍らに寄り添う先程出会ったばかりの謎の少年によって半ば強引に連れられてきた。 その最中のことだが、キャプテンであるカモーラに対して抱いた違和感について、ずっと考え続けていたのだ。 そもそも、船乗り(水夫)達を纏め上げるキャプテンという立場のカモーラが下っ端の水夫達御用達の地下へと行く事自体が珍しいのだけれども、百歩譲ったとしてもそれは例えば『いくらトップであるキャプテンとて悩みはあるものだから一人になりたくて地下にて憂さ晴らしがしたかったのだろう』と一応は説明がつく。 けれども、妙なのは『今日は上客が甲板を埋め尽くす程の特別な日で張り切っていたキャプテンが勤務時間中に客を放っておいてわざわざ地下に行くのか』という点だ。 更にいえば、あの時――ウィリアムは(いくら休憩時間とはいえども)葉巻を手に持ちながら甲板へと続く階段を昇りかけていた。ひときわ船乗りという仕事に誇りを持つプライドの高いキャプテンがウィリアムに一言も声をかけないのは――やはり、おかしい。 そして、考えていく中で更におかしいことを思い出してしまった。 あの時、キャプテンは地下にある【船員室】へと入っていった。 ____どことなく呆然とした様子で。 けれども、それはまだいいのだ。 地下の【船員室】の鍵は開かない筈だということを、ウィリアムはここにきて突如として思い出した。 だから、あの時――ウィリアムとキャプテンがすれ違った時に【地下船員室】の中に入れたこと自体がそもそもおかしいのだ。 そして、ウィリアムの頭の中にある光景が蘇る。 いつだったかは当然のことながら覚えていないが、ぼんやりと二人の水夫達の会話している姿が思い浮かんでくる。 『いや~…………ヘマしちまった。真夜中に、あの地下船員に潜り込んだ時によ、どこからか雄叫びみてえな声が聞こえた気がして慌てて出ようとしたら……ほら、見ろよ____』 『うわ……っ……それ、地下船員室のドアノブじゃねえか。しかも完全にノブごともげてるし、あの堅物キャプテンが知ったら、どやされるぞ』 『ばーか、んなことは百も承知だっつーの……まあ、内側のドアノブがもげたから外側からは気付きっこねえだろうし、それに鍵も俺が持ってるからアイツにゃバレねえよ』 『それにしても、この船の鍵はメイン船室で全部管理してるじゃねえか。キャプテンに内緒にしといても、いくら何でも鍵が一本なかったら気付かれちまうって!!』 『まあ、聞けって。天は哀れな俺に味方してくれたんだよ。その直後に用があって地下船室を通りかかった時によ、ドアの前に俺が盗んだ筈の鍵と瓜二つな鍵が落ちてたんだ。だから、それをメインの鍵入れに引っかけておいたのさ』 『お前、いつか罰当たっても知らねえからな』 名前すらろくに覚えていない、ほとんど面識のない二人の水夫のとりとめのない会話なんて正直いつまでも詳しく覚えていられる筈もない。 (そういえば……あの二人____最近、姿を見ていない気が……いや、少なくとも……今日は姿を見ていない……ダメだ、あの二人のことを思い出そうとすると、頭痛がして……よく分からなくなってくる) と、頭痛を覚えたウィリアムが記憶と頭全体を締め上げられるかのような感覚からくる不快さから逃れるべく両目をギュッと瞑ってから少し経った時のことだ。 ふと、動きが止まった。 それと同時に、人気のない甲板の隅にまで来たことを悟ったウィリアムは仕方なしにゆっくりと目を開いた。 「名も知らぬニンゲンの男よ、最近――この船の中で何か変わったことはなかったか?どんな些細なことでもいい……貴様が不可解に思った出来事があるなら今すぐに教えろ。そうしないと____」 と、ここで白銀の毛に覆われた狼の獣人が少しばかり口をつぐむ。 すると____、 「ああ、まったくもう……。これだから、皆があなたを怖がるんですよ。少し冷静になってください。名も知らない、そして姿が恐ろしいあなたに訳が分からないことを突如として言われたら……可哀想に――今みたいに怯えるに決まってるでしょう。まあ、時間がないのは正論ですが、とりあえず自己紹介しときますね。はじめまして、といっても、さっき会いましたけれど私の名はミイムです。ほら、あなたもこの人に名を名乗ってください」 艶やかな銀の毛に覆われた狼の獣人の傍らにいる襤褸を身に付けた片目碧眼の少年が、戸惑いの色を浮かべているウィリアムへと言ってきた。 「ニンゲンの男よ……我の名はガルフという。実は、ある目的故に……この船の上にいる。そして、先程貴様に異変がないかと尋ねたのは、その目的に関係するか聞き込みをするためだ。とにかく、この船に……何か変わったことはなかったか?」 ウィリアムはこの二人に対して船に関係することを話すかどうか迷ったが、ガルフと名乗った狼の獣人があまりにも真剣な目を此方へと向けてくるため、《ここ数日のキャプテンの様子がおかしいこと》、《名すらろくに知らない二人の水夫がしていた会話の内容と彼らの姿を見かけていないような気がすること》などを、かいつまんで話した。 ウィリアムの話しを聞くなり、ガルフと名乗る銀の毛に覆われた狼獣人の顔が瞬時にして険しくなる。傍らにいるギイはジッと此方へと目を向けたまま神妙な顔をしつつも黙っている。 その後、血相を変えて何処かへと駆けて行く。 ウィリアムは、何故ガルフが慌てた様子で何処かへと急いで向かっていくのかが詳しくは理解できない。 けれども、頭の整理がつかずに呆然としながらもどことなく胸さわぎを覚えたウィリアムはハッと我にかえると自分も二人の後を追い掛けようと一歩を踏み出す。 しかし、うまくいかずに前のめりに倒れてしまった。 「……っ____」 一瞬、船が大きく傾き――その後、結構激しく横揺れしたせいだ。 辺りに響く周りの貴族達の悲鳴____。 ウィリアムと同じようにバランスを崩して倒れた客が何人かいたのが見えた。 しかしながら時間としては短かったため、割とすぐに身を起こしたり、安堵の声が周囲から聞こえてきた。 だが、ウィリアムだけは違ったのだ。 なかなか、体を起こすことができなかった。 何故か、体にうまく力が入らない。 いつまでもうつ伏せの状態のままいるわけにはいかない――早く起きて二人を追い掛けなければと強く思えば思う程に、それと相反して力が入らなくなっていく。 と、ふいに真上が暗くなった。 理由は単純なことで、うつ伏せになったウィリアムを真上から見下ろしている者がいるからだ。 サムが、にこりと微笑みながら此方へと手を伸ばしていた。 ウィリアムの手を掴もうと伸ばしてきたその手に触れようとしていた間際、ウィリアムは自分の意思とは関係なくハッキリと助けてくれようとしてくれたサムの手をいつの間にか振り払っていたのだ。 無意識のうちに、拒絶していた。 何が何やら分からないまま気まずい空気が辺りを包み込む。 そうしているうちに、とうとうその冷たい空気に耐えられなくなってしまった。 そのため、ウィリアムはその場から急いで離れると、少し離れた場所で先を急ぐガルフと少年の後を追い掛けていった。 そうして、結果的にはガルフとミイムという少年が待つ【地下の船員室前の扉の前】へと訪れたのだった。 *

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