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★とある酒場の看板娘(本当は男)と、ある男の後日談★

【地下の船室内】は薄暗く、扉を開けたことで僅かに入る明るさしか光源がない。 松明でも持ってくれば良かった――とウィリアムは後悔した。 そもそも、普段は滅多にこの【地下の船室】に入る必要などないため、そんなことなど念頭になかったのだ。 しかしながら、今のこの異様な事態において部屋の薄暗さなど些細なことに過ぎない。 (おそらくだが)貴族に近しい立場であるガルフは何故か鼻を片手で抑えつつ腰に巻きつけている革製の小型バッグから魔法光ペンシルを器用にササッと取り出すと辺りを照らし出す。 隣にいるミイムに至っては、モゴモゴと口を動かし、よく分からない術らしき言葉を唱えたかと思うと部屋の至るところにある埃まみれかつ水漏れによりしけって使いものにならない蝋燭全てを一瞬にして新品さながらのものへと変化させたのだ。 その後、本来ならば炎が灯る筈もなく劣化していた蝋燭に一斉に炎がついた。 ウィリアムはその光景を目の当たりにして、このような異常事態とはいえガルフとミイムの手際の良さに驚きを隠せずにいられなかった。ただ、ボーッと二人の活躍に見惚れることしかできずにいた。 すると____、 「おい……ニンゲンの男よ。貴様は何をボーッとしているのだ!?認めたくなどないが貴様が一番この船のことをよく知っているのだ。まず、その行方不明とかいう二人のニンゲンがどこにいそうか……手掛かりを探そうとするくらいのことはしろ」 怒りを抑えきれずに眉間にシワを寄せるガルフから怒鳴られてしまったウィリアムは、まるで父から叱られる子どものようにビクッと体を震わせてしまう。 「ウィリアムさん……ガルフ様の言う通り、あなたの方がこの船について詳しいのです。ですから、何か手掛かりになりそうな情報があるなら教えてくれませんか?」 すると、思いのままに感情をあらわにするガルフとは違って冷静かつ子どもらしからぬ態度でミイムが尋ねてきたため、何とか行方不明中の二人の水夫に関する手掛かりはないかと必死で考えてみる。 そして、ぐるり――と辺りを見渡してみる。 今は使われておらず下級の水夫ですら滅多に立ち寄らなかったとはいえ、床には色々な物が散乱している。 その多くは、激しい船揺れのために散らばった埃まみれでボロボロになった家具がほとんどだったけれども、ウィリアムは異様に気になるものを見つけてそれを拾い上げる。 色褪せた本の紙片____。 微かに文字のようなものが一部分書かれているけれども、学の浅いウィリアムには解読することができない。 けれども、そんな学の浅いウィリアムにも紙片について分かったことがある。微かに、嗅いだことのある匂いが行方不明中の二人のうちもう片方の水夫の髪から漂っていた香りと同じものだと気がついたのだ。 以前、サムと話していたあの水夫は――そういえば魔物について興味があり、よく地下船室に閉じ込もっては魔物や人間以外の他の種族についての書物を読み漁っていたというのを改めて思い出すウィリアム。 そして、そんなことを思い出すと同時に学の浅いウィリアムでもひとつ人間以外の他の種族についての知識を思い出したのだ。 「ガ……ガルフ____さん……あの、これ……これについた匂いを……たどることはできないだろうか?とはいえ、俺には狼の獣人族は――匂いにかなり敏感だというくらいの知識しかないが、この紙片から行方不明中の二人のうちの一人の髪につけていた整髪剤の匂いが微かにするんだ。だけど人間である俺にはこれ以上は分からないし、たどれない……だから、頼む……いや、頼みます」 ガルフは何も言わずに、どことなく乱暴にそれを奪いとると鼻の方へと持っていく。 かなり不快そうな表情を浮かべて先程よりも更に眉間にシワを寄せているのは、おそらく狼獣人が苦手とする匂いだからなのだろう。 「____あそこだ。おそらく、二人のうち一人の水夫は――確実にあそこにいるだろう」 ぶっきらぼうに手掛かりとなった紙片をウィリアムへと突き返すと、ガルフは部屋の右上にひっそりと置かれている木樽を指差しながら素っ気なく言い放った。 普段ならば、酒を入れておく木樽____。 (あの中に……魔物について知識をひけらかしていた……あの水夫がいるというのか……っ……いったい、どうして……っ____) 心の中で疑問をあらわにしながらも、ウィリアムは重い足取りで酒樽へと近づいていくしかないのだった。

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