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★とある酒場の看板娘(本当は男)と、ある男の後日談★

ティーナの脳裏に、生前のレインが幾度となく浮かべていた太陽のように眩い笑顔がよぎる。 それと同時に、激しい欲望に襲われてしまう。 しかし、だ____。 たった一言、『家族になりたい』と目の前にいる男に言えば未練を絶ってくれるのと同時に願いも叶えてくれる――そんな都合のいいことが果たしてあるのだろうかと思い直して、何とかサムを拒絶するべく首を左右に振った。 すると、瞬時にして無表情となり暫く無言を貫きつつも此方を見つめていたサムが、まるでティーナの答えともとれる態度を待っていたと言わんばかりにフッと頬笑みかけてくる。 「優しい反面、頑固な部分もあるキミがそう言うのは分かっていたよ____でも、これを見ても……まだ、そう答えるつもりなのかい?」 「えっ………!?」 頬笑みを崩さないサムが、ふいに指をパチンと鳴らす。 すると、深い濃紺の闇に覆われている洞窟の内部から、三人の人影が出てきたのだ。 やがて、洞窟の真上から差してくる僅かな陽の光のおかげでゆっくりとはいえ影の正体が判別できるようになった。 一番最初に出てきた影は、豹変したサムによってこの奇妙なダンジョンという場所に半ば強引に連れて来られ、それまで信用していた彼によって裏切りともとれる行為をされていたということを理解し、混乱しきっているティーナの頭でも分かるほど予想通りのものだ。 【……ィーナ……さん____嬉しい……やっと、わたしに……会いにきてくれた……】 ずっと、再会したいと願い続けていた生前のままのレインの姿の影だ。いつも父であるウィリアムに似合っていると言われるからお気に入りだといって、ほぼ毎日のように着ていた空色のワンピースを身に付けているが、それがビッショリと濡れているわけでもない。 もしも、洞窟の暗がりから愉快げに現れたレインの影が着ているワンピースがぐっしょりと濡れて青白い顔をして俯くなりしていたら、いくら鈍感なティーナでも『これはサムによって仕掛けられた罠』だと気付いたのかもしれない。 (でも、ずっと酒場に通ってくれていた優しいサムを……信じたい……どうしても____) そっ__と、現れたレインの影に触れてみる。 そして、今――目の前にいるレインが、自分の心の奥底に眠る欲望が生み出す幻覚でも、ましてや彼女が生前怖がっていた【お化け】でもなく、確かにそこに実在しているものだと思わされたのだ。 それに、ティーナでさえ目の前に現れると予想できていなかった二つの小さな影もおずおずと少しばかり遠慮がちに洞窟の暗がりから順々に姿を現すと、やがてトコトコと此方へと寄ってくる。 その二つの影は、生前レインと仲良く遊んでいた兄妹のものだ。 レインが命を落としたのと、ほぼ同じタイミングで村から姿を消して行方不明となっていた兄妹達が明らかに新品と見てとれる少し豪華な衣服を身に付け、さっき以上に困惑を隠せずに目を丸くしているティーナの元へとトコトコと歩み寄ってくる。 そして、二人の兄妹はティーナが驚きを隠せずにいることなどお構い無しといわんばかりに耳元でこう囁きかけるのだ。 ぴったりと重なり合った乱れのない声で____。 【もっと……家族が……ほしい____暖かな……家族が……ほしい……酒場の……看板娘さんと……船乗りのおにいさん……みたいな……やさしい人と……ずっとずっと……いっしょに暮らしたい……っ____】 その悲痛ともいえる声は、ティーナの不安定な心を揺れ動かすには充分だった。 「か____」 と、ティーナが言いかけた直後のこと____。 【駄目だ……っ____そいつらの言葉に……耳を傾けてはならない……っ……!!】 辺り一面に響き渡る程に凄まじい男性の怒鳴り声が、ティーナの不安定な心を引き止めた。 そして、ティーナには突如として混乱をもあらした、この男性の声に聞き覚えがあるため、不安と希望という真逆の感情を抱きながら闇が支配する洞窟の方へ恐る恐る目を向け、ふらふらの体を何とか引きずりながらほふく前進さながら近づいていくのだった。

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