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★とある酒場の看板娘と、ある男の後日談★

【エス……何故、お前は――あの時も、今もオレとビルマの邪魔ばかりするんだ!?ここにいれば、全てがうまくいくっていうのに……そうだよな、ビルマ?】 氷のように冷たい声色を耳にしても【エス】は、無表情のまま表情を崩さずに、ただひたすらに硝子玉のような瞳で、かつての仲間であった筈のシズミとビルマを見つめ続けている。 かつてシズミ達パーティーの一員として参加していなかったティーナには、【エス】が何を思っているのか探る術はない。 けれども、二人を見つめている【エス】は、かつて名を馳せた冒険者として活動していた頃の三人の事情を知る由もないティーナから見ても、とても悲しそうに見えてしまう。 【ええ、そうよ……全てシズミの言う通り。思えば、エス――あんたは前からシズミとあたしの邪魔ばかりしてきたわ。それでも、かつて冒険者として今とは別のギルドに所属して、何もかもが上手くいって皆からの名声を浴びていた、あの時は――あんたを大切な仲間だと思っていたのよ……】 しかし、皮肉なことに――この世から旅立った亡者である【エス】を見る【シズミ】と【ビルマ】の目には何の感情も込もっていないのが、ティーナから見ても明らかだ。 【でも、今は違うのよ。この、内なる世界には退屈なんて存在しないのは分かるでしょ。周りの奴らとのしがらみも、それによる面倒臭さも全部ないの。もしも、それを邪魔するっていうのなら、一番最初にここに足を踏み入れた時に、あたしとシズミが、あんたにしたように――もう一度無理やり黙らせて壊れた人形みたいにするしかないわね……そうでしょ、シズミ?】 【シズミ】は当然だ、といわんばかりに優越感を漂わせつつ、無言で【ビルマ】の問いに対して頷いた。 【ビルマ】も【シズミ】が何をいわんとしているのか、わざわざ言葉にせずとも理解しきっているのか、無言でローブの裾に手を差し込むと懐から武器である杖を取り出す。 「え……っ…………!?」 ティーナは、驚きのあまり間抜けな声を出してしまった。 「そんな……っ____そんな自分勝手な理由で……かつて共に冒険してきた仲間を手にかけたっていうの!?」 【あら、それは――あなただって同じでしょ?生活の基盤だった酒場の経営がうまくいかず、つまらない現実から今まで逃げていたから、今ここにいるんじゃない。現実から逃げ続けているけれど、全てを捨てて、ここにいる、あたし達のような覚悟はない。まあ、半端者ってことよ……そうでしょ、シズミ?】 【ビルマの言う通り、半端者な君は外の世界に戻ったところで、今のエスのように存在価値すらなく、他人に振り回されるだけの哀れな傀儡でしかなくなる。その反面、ここは楽園だ。願いが叶うことによる絶大な幸福感に四六時中包まれ、嫌な思いや惨めな思いをすることもない。そして、何よりも君と懇意にしていたレインとかいう娘や、その友達達と永遠にいられるんだ……何を迷うことがある?】 ふと、無表情のまま【シズミ】が近づいてくると【エス】とは違って、今なお現世に生きている筈なのに氷のようにひんやりとした冷たい手で優しく剣をティーナの手へと握らせた。 【エスの背中を、今度は君自身が貫くんだ……そうすれば君も永久に願いを叶えられる。ここでなら、なりたい自分になれる……もちろん大切なお友達も一緒にだ……さあ……っ____!!】 剣の柄を、両手でぎゅっと握りしめる。 震えるティーナの手に、冷たい【シズミ】の手がスッと重なった直後のことだ。 唐突に、【シズミ】も【ビルマ】も――更にティーナや【サム】でさえも地に伏してしまいかねない強烈な地響きが起こる。 そして____、 「そこまでだ……全員、両手を上げて、そのままでいろ……っ____おっと、変な気を起こすんじゃないぞ!!」 聞き慣れない男の怒鳴り声が、すぐ近くから聞こえて仕方なしにティーナは指示に従う。 けれども、血管が切れるんじゃないかというくらいの凄まじい剣幕を孕んだ怒鳴り声をあげた男の隣に、ウィリアムの姿があることに気付いてティーナは息を呑むのだった。

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