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★ とある酒場の看板娘(本当は男)と、ある男の後日談 ★
* * *
それからは、あっという間に二日間が過ぎた。
二日前のことだが【狼の獣人(ワーウルフというらしい)】のガルフから命じられた通り、ティーナとサムは協力し合ってシズミとビルマの身を、ある貴族の城へ運んだ。
一方、謎めいたところのある少年と、ガルフはテキパキと手際よく未だに抵抗しているサムを縛りあげると、涼しい顔をしながら難なく運んでいく。
やがて、一行は周囲を森に囲まれ、堂々と聳え立つ白亜の城へと辿り着く。
今まで酒場やその周辺の極限られた世界でしか生活したことのなかったティーナは、貴族の城というものを初めて目にしたため主人の間に遠された時、物凄く緊張してしまっていたのだかが、意外にも主人は口は悪いものの物腰は柔らかくホッと胸を撫で下ろす。
名前も知らない貴族の男を前にして、膝まづきつつも、ちらりと横を見てみるとウィリアムも自分と同じように明らかに緊張しているのが分かったため、ティーナは久しぶりに心の底から安心することができた。
それというのも、ここにきて――ようやくこのダンジョンに通い始める以前のように、ウィリアムとの距離を縮められたような気がしたのだ。
本当は今すぐにでも、喧嘩してギクシャクしていたため嫌な思いをさせてしまったことをウィリアムへ謝りたい。そして、自分が犯していた愚かな行動を二度としないと声に出して伝えたい。
けれども、流石に立場が遥か上にある貴族の男を前にして、軽率な行動は出来ないとティーナは何とか溢れ出しそうな衝動を抑えて、ウィリアムへ視線を少しだけ送ることに留めた。
「他の貴族らのことは知らないが、少なくとも私の前では、そのように畏まらなくても結構だ。ガルフらはともかくとして、そこの二人は私の名前さえ分からぬのだろう?私の名前はリアム……この、辺境の城に住む主だ。この度は、ダンジョンに潜んでいた魔物とそれを利用する悪者らを捕らえることに協力してくれたこと……誠に感謝する」
城に入った途端に、ひんやりとした空気を感じたものの、どうやら城の主であるリアムという金髪碧眼のキリッとした顔立ちの青年は冷たさの欠片もない根は優しい青年だろうというのが漂う雰囲気から察せられてティーナはようやく緊張から解放された。それは、隣にいるウィリアムも同じで今まで無表情だった彼の顔に安堵の笑みが見られたため、ティーナは思いきって右手で彼の左手を軽くだが握り締めた。
むろん、城の主であるリアムと狼獣人のガルフ――そして名も知らない白髪の片目しか見えない少年に気付かれないようにだったが____。
ふと、どこからか誰かに見られているような気がしてティーナは目線を辺りへと、さ迷わせる。
しかし、そこには誰もいない。
気のせいだと、ティーナはウィリアムへ視線を移すのだった。
* * *
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すっかり、日が暮れてしまい橙色に空一面が染まる。
ティーナとウィリアムは、背中に何個か麻袋を担ぎながら共に日が沈みかけ薄暗くなりつつある【酒場】へ続く道を歩いていた。
「…………」
「…………」
互いに、話したいことはあれどもタイミングがうまく掴めずに無言のままでいた。
リアムという貴族の男が支配する城を出た後も、ずっとこの調子だ。
「あ、あの……あのね――ウィリアム。ずっと、あなたに言いたいことがあったの。聞いてくれる?」
「奇遇だな……俺も、ティーナ____お前に、ずっと言いたいと思っていたことがある。お前こそ、俺の話しを聞いてくれるか?」
そして、二人はほぼ同じタイミングで頷く。
「何て馬鹿なことをしたのかって……後悔してる。このままじゃ……レインにも、あなたにも申し訳ないと思ってるの。本当に、ごめんなさい。それでも、やっぱり私の居場所は――あの酒場だって気が付いたの。あなたは、こんな浅はかな幼なじみと……これからも一緒にいてくれる?」
ティーナの言葉が合図だといわんばかりに、爽やかな風がどこからか吹いてきて、栗色の髪をさらっとなびかせる。
その直後、今度はウィリアムがひときわ大きな深呼吸をしてから、歩みを止めると、急に吹いてきた風に驚いているティーナを真っ直ぐ見据える。
「ティーナ……このミラージュでは男同士で命を授かるのは不可能なことだ。だが、それだけが正解ではないんだ……あ、その……つまり、俺が何を言いたいというのかだが――そ、それは……つまり____」
意を決したというのに、ウィリアムはあまりの緊張からボロボロだった。
しかし、ティーナはそんな幼なじみの失態を決して笑ったりはしない。
黙ったまま、混乱しきっているウィリアムの両手を優しく握り締めて、彼が落ち着きを取り戻すのを――しばらく、待ったのだ。
「こんな……半人前のしがない船乗りで良ければ――生涯共に隣にいることを受け入れてほしい。俺と、今すぐにケッコンしてくれ」
「____ええ、もちろんよ。ケッコンするのなら、あなたしかいないわ。ケッコンすると大変な異変が襲うといわれているけれど、それも……あなたとなら乗り越えていけそうな気がするわ。いいえ、絶対に乗り越えていけるわ……だから、これからも私をシアワセにしてくれるわよね……ウィリアム?」
そういって、ティーナは子供の頃からずっと肌身離さずに持っていた、ある物をおもむろに取り出す。
そして、ほぼ同じタイミングでウィリアムも懐から【それ】を取り出した。
『あなたが、この先一緒に生を添い遂げていきたいと思う相手ができたら、これで肌を傷つけて血と血を互いに触れ合わせるの。そうすると、これから先に何があっても永遠に一緒にいられる夫婦になると伝えられているわ。いい、ティーナ……誓いを終えた後は苦しいことがあるかもしれない。でも、それでも誓いをしたら、あなたとあなたの旦那さんになる人は永遠にシアワセになれるのよ。だから、頑張っていい人を見つけなさい』
かつて、寝床の中で《村の言い伝え》を聞かせてくれた母の声を思い出す。その母は、ある日急に住みかを出て行って、もう長いこと会っていない。
悲しくて嫌な思い出を振り払うかのように、ティーナは目を瞑る。
そして、暫くしてから再び目を開けると取り出した物を凝視する。
きらり、と先端から美しい白銀の光を放つ小刀だ。
鋭い刃は、これ以上ないくらいに透き通っている。
ティーナとウィリアムに、もはや迷いはなかった。肌に浅くだが傷をつけ、互いに血と血を触れ合わせる。
その後、めでたく夫婦となった二人は、これ以上ないくらいの笑みを浮かべつつ、まるで子供の頃のように鼻歌を口ずさみながら居場所である【酒場】へと帰っていくのだった。
互いに、手を繋ぎ合って____。
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