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「えぇ……まぁ……」と、素っ気なく返す僕に、彼は気にした様子もなく続けざまに「勉強、見てあげようか?」と言ってきた。
「……結構です」
驚きのあまり、僕は少し遅れたテンポで返事をした。どうして僕なんかに、そんなことを言ってきたのか分からなかった。
「遠慮しないで。あの大学は偏差値が高いし、君だって浪人はしたくないだろう? まだ大学入試の対策本あるからさ」
そこまで言われてしまうと断りきれなくて、僕は頷きもしなければ首を横に振ることもできなかった。彼はそれを了承と受け取ったのか、その日から受験当日までの間の密かな勉強会が始まってしまったのだ。
彼はこそこそする必要はないと言ったけれど、僕が嫌で隠れるように会おうと言って押し切った。分からない部分をノートに記した物を彼に渡して、解説を聞くというのを繰り返していく。短い時間の中では、それが精一杯だった。彼も家業で忙しいはずだ。だからあまり手を煩わせたくなかった。
彼が教えてくれたおかげで、大学にも無事に合格して僕は初めて素直に喜びをあらわにした。これでこの町からも離れられる。一から人生をやり直せるのだと。彼も自分のことのように喜んでくれて、ケーキを買って一緒にお祝いしようとはしゃいでいた。
僕がお礼がしたいと言うと、彼は「それなら君の部屋に行きたい」と言い出した。本当は親にバレたらと考えると断りたかった。けれど彼に恩があった僕は首を横には振れない。
仕方なく親がいないときを狙って、僕は彼を部屋に招いた。彼も忙しいはずなのに、合間を縫って本当にケーキを持って尋ねてきてくれた。
一緒にケーキを食べながら、僕たちはただ他愛もない話をする。たったそれだけのことでも、僕にとっては家族以外の誰かと一緒に、こうしてケーキを食べるなんて初めてで嬉しかった。
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