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夢中でケーキを頰張っていた僕に「好きな人とかいないの?」と彼がフォークを皿に置くと、神妙な面持ちで聞いてきた。
彼の唐突な問いかけに、僕はフォークを持つ手が震えだす。
「……いないです」
喉に何かが詰まったように苦しくなった。そんな人、いるはずがない。僕にとっての味方は祖父だけだったのだから。そんな分かりきったことを聞いてくる彼に対して、僕は少しだけ幻滅してしまう。
「そうなんだ。じゃあ、さぁ……」
そう言って彼は僕に体を寄せてくる。驚いて身を竦めている僕に、彼の指先が近づいてきて僕の頰に触れた。
「僕と付き合ってはくれないかな?」
何を言い出すのかと、僕は唖然とした目で彼を見つめる。彼は冗談を言っている様子でもなく、どこか照れくさそうな表情でほほ笑んでいた。
「い、いやです」
僕は咄嗟にそう言うなり、彼から体を遠ざける。もちろん嫌いなわけではなかった。祖父以外の人で、僕を偏見の目で見なかったのは彼だけだ。恩もあったし、彼の傷ついたような顔を見たかったわけじゃない。ただ――僕はこれが間違っているのだと、彼は僕なんかに構っちゃいけないのだと、それだけは分かっていた。
「帰ってください」
僕はそう言って彼を追い返した。彼は悲しそうな目で僕を見つめ、「ごめん」と一言だけ残して帰っていった。
一人残された僕は、机に残された食べかけのケーキを泣きながら口に運んでいく。甘くて美味しいはずのケーキが今は、味のないスポンジを噛んでいるようだった。
僕はその日からできるだけ外出は控え、彼と顔を合わせないようにと配慮した。彼の顔を思い出すたびに胸を切り裂かれるような痛みを感じたけれど、それすらも押し殺すように僕は息を潜めて時を待ち続けた。
やっと高校卒業するとすぐさま上京して、忙しない大学生活に身を投じていく。バイトと学校の両立。周りは僕の過去を知らない人たちばかりだった。それに加えて都内は人が多く、生きている者と死んでいる者の区別がつきにくい。
僕はやっと心おきなく呼吸ができたように思えた。友人もできたし、サークルにも入った。人生を途中で投げ出さずに、ここまで堪えてきて良かったと、心の底からそう思えた。
次第に僕はあの町で過ごした記憶を忘れていった。ここは居心地がいい。なにも辛い場所に戻る必要はないのだ。
あの頃の変人と呼ばれた自分は、もうどこにもいない。
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