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彼は玄関を見渡すと「お邪魔します」と言って、ゆっくりと中に入っていく。
「ちゃんとやっているようで、安心したよ」
テーブルの前に腰かけた彼が、僕の部屋を見渡すなり感心した口調で言った。
一人暮らしにはちょうどいい1Kの六畳の間取りは、ベッドと衣類ケースとテーブルだけの殺風景な雰囲気だ。インテリアに何かこだわりがあるわけでなく、量販店で買った紺色のベッドカバーと落ち着いたブルーのカーテンが、何とか部屋に色を付けていただけだ。
「……どこかにホテルでも取ってるんですか?」
僕は湯気の立ったマグカップを彼に手渡しつつ、口を開く。できたらこれを飲んだら帰ってほしい。長居はしてほしくない。僕はもう、あの頃の僕じゃないのだから。
そんな僕の気持ちとは裏腹に、彼は困ったように肩を竦めて「できたら泊めてほしいんだけど」と言い出した。
「でも、狭い部屋なんで……」
「まだ……僕のこと嫌いなの?」
どこか虚ろにも見える彼の瞳が、僕を責めるようにジッと見つめてくる。
「そんなことは――」
「辛かったんだ、すごく……君が僕を突き放したあの日」
僕が言葉を言い切らないうちに、彼が被せるように口を開いた。彼の瞳は相変わらず、僕を責め続けている。
「勉強を教えるだなんて言ったけれど、それは君が僕を避けるから、そうするしかなかったんだ。あんなのただの口実にしか過ぎない。内心は落ちてしまえって思っていたんだ。君は町に残って、僕のそばにいて欲しかった」
彼の言葉に一気に血の気が引いていく。あの町で見せている彼の顔は偽物で、仮面を脱ぎ捨てた本当の姿が目の前にいる人物なのだろうか。
「僕は時間を割いてまで君との時間を優先した。それなのに、それなのに……君は僕を突き放した! おかしいとは思わないか? 君に人間の心というものがあるのなら、今すぐにそれを証明してみせてくれ」
何かが取り憑きでもしたかのように、彼は酷く取り乱していた。こんな姿を町の人は誰一人として知らないだろう。彼が頭を抱え込み俯く姿を、僕はただ愕然とした目で見つめた。
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