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1. その後の話 2

別れている時に何をしていたか、だなんてわざわざ伝える必要はない。 ...きっと、今までの俺ならそう間違いなく思っていた。 だってそれは過去の話なんだし、それを伝えたところで何が変わるって訳でもない。 その時はその人と幸せに過ごしていたんだろうし、それなら思い出として自分の中に潜めておけばいい。 俺だけじゃなくて、多分他の大多数の人がそうするんじゃないかな。 だけど今の俺は、『自分の中に潜める』ということが出来ないくらいに自分のことを暁斗さんに知って欲しかった。 不安にさせたくないし心配かけたくない、勿論その気持ちが大前提にあるんだけれど、まだ素直に自分の気持ちを伝えることが難しいって雰囲気の暁斗さんに、出来るだけ自分から自分のことを教えたいと思っていたのだ。 俺自身、自分の思っていることを言葉にすることは今まであまりしてこなかったから、伝わりにくい所もあるだろう。 だから自分から思いを言葉にすることで暁斗さんを安心させたい、そう思うようになったんだ。 だからこのことだって、暁斗さんにはちゃんと伝えなきゃいけない、そう思って悩んでいた。 ただでさえ暁斗さんは陣のことを嫌っているような気がするのに、陣とエッチしたなんて言ったらどんな顔をするんだろう。 数ヶ月別れていた間に最後までシた俺を、暁斗さんはどう思うんだろう。 (拒絶...されるのかな...?) 一番怖いのは、このことを伝えた後に暁斗さんが俺を拒絶するんじゃないかってことだった。 いくら好きで愛しい人でも、自分以外の人と身体を繋げていたら? ...俺ならきっと吐きそうなくらいに『嫌』だと思うだろう。 だって松原が暁斗さんの部屋に入った、たったそれだけであんなに悲しくて辛かったんだもん。 暁斗さんが別れてる間に他の人と付き合ってエッチした、なんて聞いたら、俺はどうなっちゃうんだろう。 ...それくらい、ハッキリと嫌なことだって分かっていた。 でもそうなったのには理由がある。 あの時は暁斗さんを忘れなきゃいけない、忘れたいって必死で、支えてくれた陣と付き合うって決めて、そして陣を好きになろうと思っていたんだ。 だから陣に触れられても嫌じゃなかったし、あの時だって後悔はしていなかった。 俺が後悔しているのは、こんな大切なことを忘れていたということだった。 暁斗さんとヨリを戻して...いや、戻す前に言っておかなきゃいけなかったのかもしれない。 俺ならどれだけ嫌でも、このことは知っておきたいと思うから。 俺が思うならきっと暁斗さんも同じ気持ちだろうから...。 言わなければ、このまま思い出した事実を隠していれば、きっとこのまま暁斗さんと幸せにすごせる。 言えば、その後暁斗さんにどう思われるかも、付き合っていられるかも分からない。 ーーカフェから新しい部屋に戻って、真新しい匂いに包まれながら、出掛けている暁斗さんの帰りを待つ間、俺はそんな2つの思いと葛藤しながら悩んだ。 ***** 「ただいまー...って、響くん?どうしたの?」 18時ちょうど、暁斗さんは帰ってきた。 まだ仕事が始まったわけじゃないのに、お仕事モードのスーツ姿とあの髪型。 ふわりと香るブルーベリーの匂いはいつも通り、何一つ変わらない暁斗さんだった。 「響くん?何かあった?体調悪い?」 変わったのは俺。 多分顔は真っ青で、優しい暁斗さんの言葉がグサグサ胸に突き刺さる感覚に身体が震えてしまう。 数時間前までは頭に花畑を作ってたくらい、幸せの絶頂だったのに。 今のこの姿だけ見れば体調が悪いと思われたって仕方ないだろう。 「ねぇ、響くん、本当に大丈...」 「ごめんなさい...」 「え?」 「ごめんなさい、暁斗さん...っ!」 ーーー暁斗さんに伝えるかどうか、悩んだ俺の答えは『拒絶されても伝える』ことだった。 もしこれで暁斗さんが俺から離れたら? そう考えると怖くて身体が震える。 俺がこのことを伝えた後、暁斗さんがどんな顔をして何て言うかが全く分からなくて、ただただ怖かった。 「ごめんって...何が...」 「俺、暁斗さんに言ってないことがあった」 「え?」 「俺、俺...っ、陣と付き合ってた...」 「それは...知ってるよ?」 「その時!その時、俺...っ、」 「響...くん...?」 「俺、陣と...エッチ、した...」 暁斗さんの顔が見れない。 何処を見たらいいのか、どうしたらいいのか分からない。 ただ帰ってきたばかりの暁斗さんに向かって、何の脈絡もなくそのことだけを伝えるのが俺の精一杯だった。 「......そっか...」 「...隠したく、なくて...」 「うん。分かった。ありがとう。」 『ありがとう』 その言葉に反応した身体が、自然と顔を暁斗さんの方に向かせた。 もしかして許してくれるの?...そんな俺のバカみたいで最低な思い込みによって。 だけど、目の合った暁斗さんの表情は笑っても泣いてもなくて、ただただ冷たかった。 「でもごめん。ちょっと一人にしてもらえる?...いや、一人になりたいから出てくね。」 その言葉もいつもより低くて冷たく感じる。 暁斗さんは荷物だけリビングに置くと、脱いだばかりの靴を履き直して、振り返ることもなく外へ出ていってしまう。 こうなることなんて予想出来たのに、『一人になりたい』と言われて追いかける勇気も無くて、俺はまた一人きりに戻ったこの部屋でどうしたらいいのか、を考え続けるしかなかった。

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