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2. 『運命の人』1
「ニャァ...」
仕事帰りに弥生の家に寄って、最新号の『お料理の友』を二人で読み込み自宅へ帰ると、懐かしい鳴き声が聞こえた。
「シロ?帰ってきたのか?」
「ニャー」
「ったく...長い家出だったな。今回ばかりは心配したぞ?」
ここに住みだした時から既に庭にその姿はあって、人見知りをすることなく俺の足にすり寄ってきた白い猫。
そんなネコを何故か放っておけなくて、前の住人の飼い猫でも探し猫でもないことが分かってから、俺はこの白猫の飼い主となった。
名前は見た目のまま『シロ』。
シロは自由気ままで、今までもフラッと何処かへ出ていったきり数日帰ってこないことが度々あった。
だけどちょうど響を家に連れ込んだあの日から、シロはぱったり姿を消したままだったのだ。
『すぐ帰ってくるだろう』
そう思うこと数ヶ月、俺が響を『部下』だと思えるようになった頃、ようやく帰ってきた。
家出にしては長く、もしかしたら何処かで事故に?と考えた日もあったけれど、怪我も無く無事に生きている姿を見せたシロにホッとしたのは言うまでもない。
その晩はシロを抱いて眠り、翌朝いつもより早く目覚めたのはシロが俺の顔を舐める感触のせいだった。
「ニャア!」
「...なんだ、飯か?」
「ニャー!!」
「ちょっと待て。...今朝は冷えるなぁ」
勝手に出ていって勝手に帰ってきたというのに、シロは何処までも自由だ。
猫という生き物が元々そうなのかもしれないが、コイツは中でもとびきり自由だと思う。
久しぶりにシロの餌を手に取って、それを差し出すと飛び付くように食べ出したシロは『可愛い』と思えた。
大して動物が好きな訳じゃない自分が、唯一そう思えるのはきっとシロだけ。
「シロ、今日は帰りが遅くなる。」
「ニャア」
「いい子で待ってろよ?」
「...」
「返事は?」
「...ニャァ」
まるで俺の言葉を理解して鳴いているようなシロの頭を撫で、身支度をした俺は家を出た。
ーー最近の俺は自宅で過ごす時間が減った。
というよりも、響と距離が近くなってからの俺はおかしいくらいに自宅に響を連れ込んでいたのだ。そのせいで外出も少なくなったし、毎号欠かさず買っていた『お料理の友』を買い忘れていたことにだって気付いていなかった。
それくらいに俺の中の『筒尾響』の存在が大きくなっていて、閉じ込めるように自宅から離れずに自分らしくもない束縛や嫉妬をしていたのだろう。
恋とは不思議なものだ。
あれほど自分を貫いてきたのに、それをあっさり忘れてしまうほど夢中になっていた。
だからこそそれを失った今、自分らしさは取り戻せたものの、何かが足りないと感じてしまう。
寂しい訳じゃないけれど、何か満たされない。
そんな気持ちを埋めるため、弥生の誘いがあればあの部屋のインターホンを押してしまうのは、きっとそのせいだ。
*****
「んじゃ、行こーぜ!」
「...お前も来るのか?」
「一応な。千裕が拗ねるから顔出す程度だけど!」
響のことが絡むまで、社内一番の『嫌いな男』だった京極弥生は普段着のような扱いをし、高級ブランドのコートを羽織った。
見た目も性格もチャラいこの男が、まさか自分と友達になるだなんて思いもしなかったあの頃、コイツは毎晩女を抱いているという噂を信じていた俺。
だけど実際は家事も料理も俺と同じようにこなし、そして有らぬことか同性の恋人と同棲しているのだ。
『千裕』というのがその恋人で、年下の恋人に振り回される姿を何度も弥生の部屋で見てきた。
嫉妬深く拗ねると機嫌取りが大変、そう漏らすくせに弥生の表情はどこか嬉しそうで、俺もコートを羽織り二人で会社を出ると弥生は早速恋人へ電話をしていた。
「千裕?今からちょっとだけ顔出しに行くから。...そうそう、陣だよ。え?ないない!俺は千裕だけ。...うん。いい子で待ってて。」
俺が今朝シロに言ったのと同じ言葉を恋人に告げる弥生は、ここが会社の前だということや周りに人が居ることなんてお構い無しに甘い声を出す。
...社内に少ない未婚女子社員から『最近の京極主任がめちゃくちゃ格好いい!』と噂されていることなんて、きっと本人は気付きもしないのだろう。
電話を終えた弥生と向かったのは、小洒落たイタリアンレストラン。
そしてそこで待っていたのは、弥生の部署の男性社員数人と、近所の会社で働く女性数人。
弥生を覗けば男女の人数は同じで、これが『合コン』と呼ばれる集まりだということを俺はその時しみじみと感じていた。
そう、今夜の俺の予定、それは人生で初めての体験となる『合コンへ参加する』ということだったのだ。
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