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2. 『運命の人』 2
遡ること1週間前。
クリスマスの装飾で街がキラキラうるさい程に輝いて見える頃ある夜のことだった。
その日も弥生の誘いを受けた俺は、押し慣れたインターホンを鳴らした。
「お!待ってたぜ!」
「...恋人は寝たか?」
「一時間前に夢の中。暁斗も来てるよ。」
「そうか。」
俺たちがこうして集まるのは決まって日付が変わる前後の深夜。
理由は弥生と暁斗の恋人が寝てから、というルールのようなものがあったからだ。
暁斗は響、弥生は千裕、それぞれが寝息を立てているのを確認したころに俺を呼ぶ。
それはきっと、恋人の居ない俺に気を使ってのことだろう。
男三人が集まって話すことはどうでもいい事ばかり。
たまに仕事の愚痴を弥生が漏らしたり、暁斗のノロケを聞かされたりするものの、大抵が世間話に近い会話で、『集まる必要はあるのか?』と以前の俺なら思っていた。
だけど何故か誘いがあれば来てしまう。
このどうでもいい世間話をする会は、今の俺にとって『遅すぎる青春』に近い感覚で、いつしか仕事終わりの楽しみなっていたのだ。
「あ、そーいえばさ。今度ウチの部署の男が向かいのビルの会社のコと合コンするんだって。」
「ほう。」
「んで人数が足りないとかで男メンバー探してるんだけど、陣興味ある?」
この日は珍しく、弥生が『ちゃんとした話』を振ってきた。
合コンと言われた俺は、その言葉の意味こそ知ってはいるものの、誘われた経験も参加した経験も無い。
興味があるかないか、と聞かれたら『無い』けれど、最近どうもこの二人を見ていると恋人を作ってもいいかと思えてしまった俺は、しばらく悩んだあと口を開いた。
「...それは、いつだ?」
「来週だったはず。え、もしかして興味ある!?」
「仕事が暇なら行ってもいい。」
「マジ!?ちょ、明日幹事に聞いとくわ!」
「暇ならだぞ。絶対じゃない。」
出会いとは突然降ってくるものじゃないと最近感じていたのも事実。
恋人が欲しいと思う気持ちがあるのなら、こういう集まりに参加することだって必要なのかもしれない。
『仕事が暇なら』と何度も弥生に言い聞かせた俺は、初めての合コンに少しだけ胸を踊らせていた。
暁斗は驚きながらも『いい出会いがあるといいね』と俺に言い、俺は素直に頷いた。
ーーーーそんなことがあって今、俺は人生初の合コンに参加している。
弥生は異様に俺を心配し、『顔を出すだけ』と言いながら、自己紹介が始まってからもレストランに居座った。
正直このメンバーの中で最も華やかで顔の整った人間は弥生だというのに、コイツは恋人が居て合コンには不参加。
それじゃ男性陣に不利だ!ということで、強引に帰したのが15分前の事。
男女四人ずつが向かい合って座り、各々好きな料理を注文し、アルコールの入ったグラスも並ぶ中、俺はどうしたらいいのかと固まっていた。
相手は向かいのビルの服飾関係の会社に勤める
同世代の女性で、通路側とその横に座る女性は明るく積極的に話題を振り、向かい合った男性メンバーとワイワイ話している。
さらにその横の女性は趣味が合ったのか、俺の右隣に座る男性メンバーと既に盛り上がっていて会話に入る隙も無い。
そして残ったのが窓際に座る俺と、その前に座る大人しい女性のみ。
長い髪を緩く巻き、ふわふわしたニットに身を包んだ女性は明るい訳でも積極的な訳でもない。というよりも名前すら聞き取れない程に声が小さく、ずっとうつ向いたままなのだ。
(合コン初心者なのだが分かる...これは難しい相手と当たったのか...?)
何か話さなきゃ、と分かっていても、その何かが分からない。
こんなことならせめてもう少し弥生に引っ張ってもらえばよかったか、と後悔し始めた時、向かい合って座る女性がパッと顔を上げた。
「あ!あの!...今月のお料理の友は読みましたか...っ!?」
細くて小さい、だけど透る声。
顔を真っ赤に染めながらそう言った女性の言葉に俺は戸惑った。
自己紹介はしたものの、趣味も話していなければお料理の友の話なんて一度もしていないのに、何故俺がその雑誌を読んでいることを知っているのか?
突然振られた話題の内容に目を点にした俺と女性の目が合うと、女性はまたうつ向いてしまった。
「...すいません...」
「あ、いや...読みましたよ。クリスマス特集でしたよね?」
「......はい...」
「貴女も読むんですか?」
「.........はい......」
うつ向いたまま、また消えそうなくらいに小さい声が返事をする。
だけどこれじゃあ拷問しているみたいだ。
楽しく会話、なんてとても出来ないし、周りは俺たちのことなんて気にもしないほど盛り上がっている。
やっぱり俺に合コンなんて無理だったんだな。
出会いは自分で見つけなきゃいけなかったんだ。
そう諦めた俺は、向かい合った女性には悪いけれど『ふぅ』とため息を吐いた。
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