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2. 『運命の人』 3
「.......です」
「え?」
「...エプロン、私が作ったんです」
「エプロン?」
俺がため息を吐いたすぐあと、女性の口がモゴモゴと動き『エプロン』と言った。
一体なんの事だ?と思った俺は、眉間にシワを寄せて考える。
すると、女性の横に座っていた同僚らしき別の女性がハッとした顔をし、俺を見て話し出した。
「すいません!この子、すっごい照れ屋で!」
「い、いや...」
「山元さん、でしたよね?私たち、お料理の友でレシピを連載してる森先生のエプロンとか作ってて!山元さんっていつも読者アンケート下さるらしいじゃないですか!エプロンのことも褒めて下さって...この子、すごく喜んでて!」
「え?森先生の...ああ、そういうことか...」
「ほら詩織!ちゃんと自分で言わなきゃ!」
「...う、うん」
「慣れたらちゃんと会話出来るんです。合コンも初めてで緊張してるだけだと思うので!」
そう言うと、『詩織』と呼ばれた女性の肩をポンと叩き、俺に頭を下げた。
森先生とはお料理の友で料理のレシピを毎号欠かさず連載している俺の尊敬する人。
分かりやすくて美味しい、それは弥生も言っていたことで、恐らく40代の森先生はいつも違うエプロンを身に付けていた。
読者アンケートは自分の仕事柄どうしてもしてしまうことで、森先生のことを書いた時にエプロンも素敵だ、と付け加えて書いた覚えもある。
さっきの会話から、あの『エプロン』という言葉は『森先生のエプロンを作っている』ということだったのかとようやく理解できた。
「すいません...私、緊張して...」
「大丈夫ですよ。それより森先生のエプロンは毎号貴女方が?」
「最近はほとんど...。森先生が気に入って下さって...」
「そうなんですか。私も毎号楽しみにしていますよ。」
「っ!あ、ありがとうございますっ!!」
再び顔を上げた女性は、『パァッ』と明るい笑顔を見せた。
頬は赤いまま、緊張が少し溶けたようなその笑顔は、『可愛らしい』。
それから時間をかけて少しずつ会話は続くようになり、女性の名前も改めて聞くことができた。
水沢詩織、28歳。
趣味は裁縫と料理、住まいはあのビルの近く。
だから俺とも近所で、読者アンケートの住所を見てなんとなくの場所の検討は着いていたらしい。
そして偶然この合コンに参加し、最初の自己紹介で俺の名前を聞いて『エプロンの人だ』と気付いたんだとか。
それだけで彼女は更に緊張し、言葉が中々出なかったというところまで聞き終えるころには合コンも終盤に差し掛かり、他の女性と会話なんてすることなく解散の雰囲気になっていた。
「もうそんな時間か...」
「私が緊張して話せなかったから...すいません」
「謝ることないですよ。水沢さんとお話出来て、楽しかったです。」
「わ、私も!山元さんとお話できて楽しかったです!!」
楽しかった、それは素直な感想だった。
水沢さんはまた笑顔を見せて、特に二次会も連絡先の交換もないまま会計を済ませ、男女別に帰路に着く。
イメージしていた合コンとは違ったけれど、ある意味『清純』なこの集まりにホッとしたのも確か。
他の男性メンバーも楽しめたようで、アルコールが入ったこともあってか帰り道は他部署の俺にも会話を振ってくれて、『山元さんの連絡先教えて!』なんて女性に聞けばよかったことを聞かれたりして。...この夜俺のスマホに新しく3件の連絡先が登録された。
*****
「え!?じゃあ野郎の連絡先のみってこと!?」
「ああ。」
「なんじゃそりゃ!!!合コンじゃねぇよそれ!!!連絡先交換は基本だしそのあとお持ち帰りが普通だろーが!!」
「...陣はお持ち帰りとかそんなことしないよ。あとそれ千裕くんの前では言っちゃダメだよ?」
そのあと自宅に帰宅...なんて事はできず、俺の初合コンの詳細を聞きたいがために弥生のマンションへと召集がかかった。
弥生は俺の話を聞くとえらく残念そうにそう叫び、暁斗は苦笑いをしながらそんな弥生にストップを掛ける。
「で、陣は出会えたの?運命ってやつに。」
「分からん。」
「水沢さんって子には感じなかったの?聞いたところじゃ可能性ありそうだけど。」
「...もう会うきっかけが無い。それにあれだけの会話じゃ何も分からないだろう。」
暁斗は『運命』という言葉をよく口に出す。
それは俺がいつか漏らした憧れに近い恋愛の始まりのことで、暁斗と響、弥生と千裕がそうだったように俺にもそんな人や出会いがあればいいと思ったからこそ漏れた本音。
弥生は聞き流す程度だったのに対して、暁斗はやたらとそこにこだわっている。
自分が響にそう感じたからなのか、それとも運命の出会いとやらを信じているからなのかは分からないが、たった数時間会って会話したくらいで、運命なんて感じられる訳がない。
「次回があればいーのにな!」
「無いだろう。」
「わかんねーよ?」
「無い。それよりもういいか?酒が入って眠たいんだ。明日は朝から会議があるし、報告は済んだから帰るぞ。」
「はいはい、ありがとねー」
「気をつけてね、陣」
別に今日の合コンでその運命とやらに出会うとと思っていなかった。
だけど少し、ほんの少しだけ弥生の言うような『何か』があっても良いかも、と期待した自分も居て、ホッとした反面拍子抜けした結果がモヤモヤした気持ちを作る。
言葉に出来ないこの気持ちを酒と明日の仕事のせいにして、俺は足早に自宅へ帰った。
ーーーーー
ーーー
「ねー暁斗サン。」
「何ですかー、弥生サン?」
「読者アンケートだけで陣に繋がると思いますか?」
「...無いね。そもそも合コンなのにずっと一対一っておかしいよね?」
「だーよなー?」
「ま、他の人も悪い感じじゃないっぽいし、男は弥生の部下でしょ?偶然かもしれない。」
「偶然ねぇ。... ま、いっか。俺たちは陣の見守り隊だし口出すことも無いよな。」
「そうそう。」
ーーーだから俺が帰ったあとに、弥生と暁斗がこんな会話をしていたことなんて、全く知らなかった。
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