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2. 『運命の人』 4
合コンから数日、休みの俺は時間を持て余していた。
朝から洗濯と掃除は済ませたし、買い物も終わった。
それなのにまだ昼前で、今から帰ったところでやることも特に無い。
仕事も落ち着いているからか持ち帰るようなものもないし、一言で片付けるならば今の俺は『暇』だったのだ。
(一休みしていくか...)
たまたま目に入ったのはいつか響と偶然会ったあのカフェ。
コーヒーの味も気に入っているけれど、何より喫煙席がある所が有難い。
時間を潰すには最適だと考えた俺はカフェの中に入った。
店内は平日の昼前、ということで空席がまだ目立つ。
それなのに俺は店に入った瞬間から視線を感じた。
噂されているような視線じゃなくて、見つめられているような、そんな視線。
「お客様?ご注文はお決まりですか?」
「あ...ああ、ホットコーヒーを」
「かしこまりました」
誰か知り合いが居たのか?
そう思って客席を見渡したけれど、これと言って知っている顔は無い。
気のせいかと思いコーヒーを受け取り、雑誌コーナーから料理雑誌を取ろうとした時だった。
「や、山元さん...!」
「え?」
背後から名前を呼ばれて振り返ると、そこには長い髪を一つにまとめ、黒いセーターにデニムパンツ姿の女性が立っていた。
「えっと...あの...っ」
「...?」
知り合い?...では無いか。じゃあ取引先?ならば名前も顔も覚えているはず。
何故なら営業マンとして仕事で関わった人間の顔と名前を覚えている自信があるから。
知り合いでも仕事絡みでもないとしたら、この女性は一体誰だ?
そう、眉間にシワを寄せて考えていると、声を掛けてきた女性は顔を真っ赤にしながら小さい声で言った。
「せ、先日の合コンの...っ、水沢ですっ」
そこまで聞いて俺はやっと思い出した。
水沢詩織、向かいのビルで働くあの『エプロン』の女性。
髪をまとめているからなのか、服装のせいなのか、あの合コンで見た水沢さんとは雰囲気が違って全く気付かなかったけれど、この顔の赤さと声の小ささは間違いない。
「ああ!...失礼しました。先日はどうも。」
「こ、こちらこそ!...お休みですか?」
「はい。水沢さんも?」
「はい...あ、あのっ、山元さんが良かったら...ご一緒しませんか?」
「え?」
「もしお暇だったらでいいので!...その、またお話出来たらいいなって思ってて...」
「......いいですよ。俺も暇してたんです。是非ご一緒させて下さい。」
喫煙席はまた今度か、と思いつつも俺は既に注文を済ませていた水沢さんの座る席へと向かった。
偶然とはこういうことを言うのか?
...そんなことを考えながら。
水沢さんは少し緊張している、と言ってはいたものの、合コンで話したときよりも口数は多かった。
というよりも、多分初対面の人と話すことが苦手なのだろう。一度会話が始まれば止まることなく楽しそうに話す水沢さんは別人のようだった。
たまに髪を揺らしながらクスクスと笑う水沢さん、仕事の話になれば真面目な表情を見せる水沢さん、恥ずかしそうにだけれど、俺の目を見て話す水沢さんは俺の出会った女性の中で最も好印象を持った女性だった。
だから俺も水沢さんの話を聞いて楽しいと感じたし、自然と笑っていたし自分のことを話していた。
仕事のことや趣味の話、休日の過ごし方...中でも料理の話は共通の趣味で、雑誌コーナーから水沢さんが持ってきていた『お料理の友』を二人で眺めながらレシピの話をした時は特に盛り上がった。
俺が濃い味付けに対して水沢さんは薄味だと知り、味付けの話題や出汁の話題、話し出したらキリが無い。
この前の合コンなんて比べ物にならないほど俺たちの会話は弾み、カフェに入ってから二時間近く話し込んでしまっていることなんて全く気付かないくらい、俺は水沢さんとの会話に夢中になっていた。
「やだ、もうこんな時間っ」
「ああ、本当だ。...つい話し込んでしまいまいました。」
「私もです。山元さんとなら、ずっとお喋りしたいくらい...。」
「そうですね。」
「あの...もし良かったら...山元さんがお暇な時があればで良いので、またこうやってお喋りしませんか...?」
「是非。...最近休みは暇してるんで、有難い。」
「本当ですか?嬉しい...っ!じゃあ、また連絡しますね。」
そう微笑んだ水沢さんは、やっぱり『可愛らしい』と感じた。
それから二人でカップを返却口まで戻し、このあと待ち合わせをしているという水沢さんと別れた俺。
帰って洗濯物を取り込むにはちょうどいい時間。
もう会う事もないと思っていた水沢さんとあそこまで会話に夢中になるだなんて、思いもしなかった。
(次の休みはいつだったかな...)
今まで特に予定が無ければ次の休みなんていつでも良かったのに、何故か今はそれが気になって仕方ない。
『またお喋りしませんか?』
そう言った彼女の言葉がどこまで本気なのか分からないけれど、好印象を抱いた水沢さんと次に会うのが楽しみだと思う自分がいたのだ。
だけど自宅に着いてから俺は気付くのだ。
「連絡先...知らないな...」
自然な流れで『また』なんて会話をしたけれど、俺も水沢さんもお互いの連絡先を知らない、ということに。
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