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2. 『運命の人』 5
失敗した、そう感じながら過ごした4日間。
その間弥生から誘われまたあの部屋で集まった時、俺は水沢さんと偶然出会い話し込んだことを弥生と暁斗に話した。
会話が弾んだこと、またお喋りしようと言われたこと、だけど連絡先を交換し忘れたこと。
暁斗は苦笑いしていたけれど、弥生にはハッキリと言われてしまった。
「お前馬鹿か!?せっかくの出会いなのに!!もうそんな偶然無ぇぞ!?」
...『そんな偶然』、確かにもう無いと自分でもよく分かっている。
向かいのビルで住まいは近所、そう知ってはいても今まで顔を合わしたことがない位なのだ。
休みが不定期な俺と、いつ休みなのか全く知らない水沢さんとじゃその休みがそうそう重なることはないだろう。
それなのにこの前は『偶然』出会った。
あの合コンが無ければ知り合うことすら無かった彼女と、偶然また出会えたのにも関わらず俺は連絡先を聞き忘れるだなんてことをしてしまったのだ。
水沢さんのことが『好き』な訳ではないけれど、好印象を抱いたのは確かで、今まで出会った女性とは何処か違うと感じていたからこそ、それが失敗だと思った俺は、珍しく落ち込んだのだった。
あの日から4日後、俺はまた休日を迎えた。
クリスマス前でより一層街が賑わう中、やはり大した予定もなく時間を持て余す。
もし水沢さんの連絡先を聞いていたら、朝一番...いや、前日かそれより前から今日の予定を聞いていただろう。
そして休みが重なっていたら、また何処かのカフェでお喋りに夢中になっていたかもしれない。
(もう会う事は無いだろうな...)
この前声を掛けられた時間に再びあのカフェに行ったけれど、やはり水沢さんの姿は無かった。
彼女が休みかどうかすら分からないのに、そんなことをしてしまう自分は自分らしくないと分かっている。
だけど気になって仕方ないのだ。
また会って喋りたい、そう思ってしまうのだ。
(...会えないなら諦めるしかない。本屋に寄って帰るか。)
こんな自分、どうかしている。
そう思って最寄りの本屋に向かう俺はまたしても自分らしくないことを考えた。
水沢さんとの出会いが、もし『運命』だったとしたら。
趣味が合って会話も弾んで、可愛らしいと感じる彼女が自分の運命の人だったとしたら。
ならばもう一度会うことが出来るのではないか?
暁斗と響がそうだったように、連絡先を知らなくても何処かでまた偶然出会えるのではないか...
そんなあり得ない事を考えながら本屋に辿り着くと、店員の声で我に帰る。
(何を考えているんだ俺は...。)
女々しいことを考える自分が恥ずかしい。
こんなこと絶対に弥生には言えないし知られたくない。
はぁ、とため息を漏らしてお決まりの料理雑誌が並ぶコーナーへ向かい、目についた雑誌を手に取った。
「山元さん?」
「え!?」
そんな俺の横で立ち読みしていた女性が俺の名前を呼んだ。
今度はハッキリ覚えている。
小さいけれど透るこの声は、俺がもう一度会いたいと思っていたあの水沢さんの声。
「やっぱり!...今日もお休みですか?偶然ですね。」
そう微笑んだ彼女は、合コンの時に見た髪型と同じで、今日は深緑のワンピース姿。
前回会った時よりも女性らしいその服装は、彼女にとても似合っていた。
「み、ずさわ...さん...」
「びっくりさせちゃいましたか?すいません...。」
「いや...、水沢さんもお休みですか?」
「はい。今日は雑誌が欲しくて本屋に。そうしたら山元さんに似た人が来たから驚きました。」
また重なった休み。
たまたま寄った本屋。
約束なんてしていないのに、自分の向かう所に彼女が居る。
...これは『偶然』なのか?
いや違う。二度あることは三度あるというけれど、そうじゃなくて...
「前に連絡先を聞きそびれて...もう会えないかなって思ってたんですけど、会えて良かったです。なんだか今日ここで山元さんに会うのは、運命だったのかもって思っちゃいます。」
そう、これは偶然なんかじゃない。
きっと『運命』なんだ。
自分より先にそう口にした水沢さんがより一層可愛らしいく見えて、同じことを考えた彼女が俺の運命の人なのかもしれないと思った俺は鼓動が速くなるのを感じた。
「山元さん、これからお時間ありますか?良かったらまた、お喋りしませんか?」
「...もちろん、しましょう。」
「良かった。この近くにオススメのカフェがあるんです。そこでいいですか?」
「水沢さんのオススメなら是非。」
もしかしたら俺は水沢さんを好きになるのかもしれない。
水沢さんが俺の運命の人なのかもしれない。
そう考えるだけで、心臓はドクドクうるさくなる。
本屋を出て水沢さんに案内されて到着したカフェは、『ガーデン』という名前のカフェで、名前の通り花に囲まれた落ち着く場所。
そこで水沢さんの買った雑誌を眺めながらまたしても時間を忘れて会話に夢中になった俺たち。
今日はお互いこのあと予定が無いからと、お茶のお代わりをして日が暮れるまで話し込んだ。
「今度はちゃんと連絡したいので、連絡先を聞いてもいいですか...?」
そう控え目に連絡先を聞いてくる姿も、やはり他の女性よりも好印象を持てた。
『もちろん』と返事をし、俺のスマホに『水沢詩織』の連絡先が追加されると、口元が緩む程に嬉しかった。
ーーーこの日を境に俺と水沢さんの距離はグッと縮まることになる。
休みが重なることが多く、毎週1回は何処かのカフェで話に夢中になり、それが食事に変わり、次第に休みが重ならなくても会うようになる。...そうなるまで時間はそうかからなかった。
水沢さんと初めて出会ったあの日から1ヶ月と少し経ったある夜、水沢さんを送る道中で『お試しでいいから付き合って欲しい』と言われた俺は、彼女相手に断る理由は何処にも無いし、やっぱり『運命の人だったんだ』と感じて首を縦に振った。
こうして年の明けた1月下旬、水沢さんは俺の彼女となったのだった。
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