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2. 『運命の人』 8
「んー、響くんって何色が似合うかなぁ」
「...黒かグレーか...白は汚れが目立つからダメだな。」
「だよねー。黒ってイメージ強いけど今のとダブるしなぁ。やっぱりグレー?」
「派手に赤でもいいんじゃないか?」
「赤かぁ、似合うかも。」
移動してすぐ、フラっと立ち寄った店に並ぶパーカーを見て暁斗はすぐに『これにする』と決めた。
これなら俺を呼ぶ必要なんて無いじゃないか、そう思ったけれど、カラーバリエーションの多いそのパーカーの何色を贈るかが中々決まらない。
響は最近毎日黒いパーカー姿で、どうしても脳内にはその姿が浮かんでしまう。
暁斗も同じらしく、『色選びが大変だと思ったんだ』と言っていた。
無難なのはグレー、だけどきっと派手に感じる赤も似合うだろう。
響のことだというのに真剣に悩んでしまうのは、相手がかつて自分の好きになった人だったからかもしれない。
「うーん......赤!赤にしよう!」
「いいのか?」
「うん。だって赤って響くんは絶対選ばないでしょ?グレーは自分で買ってきそうだし。それに多分響くんに赤って似合うと思うんだよね。」
「それもそうだな。」
「じゃ、買ってくる。ちょっと待ってて!」
店に入って30分足らず、暁斗は赤いパーカーを手にして会計に向かった。
俺なら無難なグレーを選びそうだったけれど、響の行動を予想して赤を選んだ暁斗はやはり『恋人』らしく、響のことをよく理解している。
あの二人がヨリを戻してから大きな喧嘩もなく、会えば毎回ノロケを聞かされる辺り、今度は上手くやれているんだな、と感じてしまう。
また響を泣かすようなことがあれば、横から奪ってやろうと半分本気で思っていたけれど、その必要も無さそうだ。
紙袋を片手に戻ってきた暁斗は満足そうな表情をし、付き合って貰ったお礼にコーヒーでも奢るよ、と言って喫煙席のあるカフェに向かった。
「ここにもこのカフェが入っていたんだな。」
「そうそう。しかもちゃんと喫煙席がある。最高だよね。」
「よく来るのか?」
「いや?人混み苦手だから用事が無い限り来ないよ。ここは響くんと昔入ったことがあったから知ってただけ。」
そう言った暁斗は砂糖もミルクも入れていないコーヒーに口を付けた。
対する俺は、砂糖2つにミルクたっぷり入れたコーヒーをスプーンでかき混ぜる。
その顔で?なんてよく言われるけれど、俺は大の甘党。ブラックコーヒーなんてにがくて飲めやしないのだ。
暁斗はそんな俺のカップを驚いた表情で見ていたけれど、この甘さが俺にはちょうどいい。
それならカフェオレを頼めばいいのに、と思われるかもしれないが、コーヒーに砂糖とミルクを入れたこの味が俺は好きなのだ。
「さてさて陣サン?」
「なんだ?」
「何か悩み事があるんじゃないの?」
甘いコーヒーに口を付けようとしたその瞬間、暁斗は突拍子もなくそんなことを言った。
タバコを取り出して火を着けながら、澄ました顔をしている暁斗は、慌てる俺を見て『やっぱり』と一声付け加える。
「な、悩み事なんか...」
「嘘だぁ。めちゃくちゃ動揺してるよ?」
「してない!俺は至って普通だ。詩織さんとのことだって別に!」
「へー、詩織さんのことで悩んでるの?」
「っ!?」
しまった!と思った時にはもう遅い。
煙を吐く暁斗には俺の一言で『詩織さん』と何かあったのだとバレてしまったと気付く。
そもそも悩み事なんて抱えることの少ない俺が、慌ててその名前を出したことが既におかしかったのだろうけれど、弥生以上に勘の鋭い暁斗からははぐらかした所で逃げられないだろう。
入ったばかりのカフェで、しかも他に客が居ない喫煙席という区切られた空間。
はぁ、と今日一番のため息を吐いた俺はポケットのタバコに手を伸ばした。
「...何かあった、という訳ではない。」
「そうなの?じゃあ何も無くて悩んでる?」
「違う。...俺の気持ちの問題だ...。」
タバコに火を着け、ふぅっと煙を吐いた俺は自分自身を落ち着かせる。
「俺は、詩織さんとの出会いが運命だと思った。」
「うん、言ってたよね。」
「趣味は合うし話も合う。詩織さんのワガママは可愛らしいもので不満という不満は全く無い。他に気になる男が居る気配も無いし見た目も中身も女性らしい女性だ。」
「へぇ、それはノロケ?」
「...違う。いい人だと言いたいんだ。」
そう、詩織さんは正に女性の中の女性、きっと俺の理想とする女性と言ってもいい程に素晴らしい人なのだ。
それは一緒に過ごすうちに分かったこと。
俺が詩織さんを運命というもの以外で好きになる可能性があると思えた部分。
「だけど...ダメなんだ。好きになろうとすればするほど、好きになれない...」
詩織さん以外に、これから先これほど理想通りの女性に出会う気はしない。
それもあってお試しなんかじゃなくてちゃんと付き合ってもいいと思ったはず。
なのにどうしても肝心な気持ちが追い付いてこない。
響を好きだと感じたのはほんの些細なこと、たった一瞬のことだったのに、響より長い間居るはずの詩織さんにはその感情が芽生えてこないのだ。
そこまで話すと、暁斗はタバコを一本吸い終わり、再びコーヒーのカップに口を付けた。
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