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2. 『運命の人』 9
「陣はさ、真面目だよね。」
「は?」
「だから俺と響くんが運命の相手だったって話も受け入れてくれた。」
「...それは真面目と関係があるのか?」
「うん。...だからこそ陣はその運命って言葉に身動き取れなくなってるんじゃないかなぁ。」
「...身動きが...取れなくなる...?」
暁斗の言葉は静かで冷静だった。
俺の悩み事なんて子供みたいなものなのに、それを笑うわけでも馬鹿にするわけでもない。
ただ一言言ったのは、俺が何度も考えた『運命』についてだった。
「陣はきっと詩織さんに俺の話したような運命を感じたと思ったんだよね?偶然出会えたのも、会話や趣味が合うのも。楽しいと感じるのも、全部。」
「...ああ」
「だから好きになるって思ったんだよね?」
「...そうだ」
「じゃあ詩織さんが運命の人じゃないってわかったらどうする?」
「え...?」
「もし、もしもだよ?その運命ってのが目に見えるものでさ。詩織さんが陣の運命の人じゃないって目に見えて分かってたら、どうする?」
もしも運命が目に見えるものだとしたら...?
それは今まで考えもしないことだった。
ずっと詩織さんがその相手だと思っていた俺に、暁斗の言葉はグサリと刺さる。
「...わ、分からない...」
「なんで?陣は詩織さんが運命の人じゃないって分かってたら付き合わなかったの?」
「そ、それは...」
「陣は詩織さんに惹かれてたんじゃないの?」
「......」
会話が合うのも趣味が合うのも、全部あの日の合コンで『偶然』出会った詩織さんに『運命』を感じたから、そう思い続けてきた。
だけど詩織さんが運命とは全く無縁の人だったら、と考えると、付き合った理由もキスをした理由も、好きになろうとした理由も分からない。
「陣はきっと運命って言葉に縛られちゃったんじゃない?詩織さんを好きになろうとしても出来ないのは、恋愛対象として詩織さんが好きじゃないからって思うんだけど?」
グサ、グサリ。
暁斗の言葉は次々と俺に刺さる。
パズルのピースをはめるように、俺の胸にぴったり埋まる暁斗の言葉。
何も言い返せなかったのは、暁斗の言葉がどれも『正しい』と思ってしまったからだった。
俺は詩織さんに出会ったのも、偶然なんかじゃないと思ってしまった。
詩織さんが『運命みたい』と口にしたあの時から、自分と同じことを言葉にしたあの瞬間からそうだと決めつけていた。
運命だから付き合う、運命だから好きになれる、そう思い込んで自分に暗示をかけていたのかもしれない。
でももし、詩織さんが運命の相手じゃないと分かっていたら?
俺はどうしただろう。
出会ったことは『偶然』だと思うし、趣味や会話が合うのも『偶然』、付き合うことはお試しでも無かったかもしれない。
可愛らしいとは感じたけれど、『好き』になることなんてきっと無い。
今の俺がそこにたどり着いていないのだから、きっときっとそうなるだろう。
「...俺は...どうしたらいいんだ...?」
「さぁ?それは陣の気持ち次第じゃない?...詩織さんとのことは運命とか置いといて、ちゃんと考えてみたら?」
「...」
「あとね、これは俺の意見だけど...恋ってさ、好きになろうとして好きになるもんじゃないと思う。気付いたら好きになってるんだ。無理に好きになろうとするのは相手だって辛い。陣ならきっと...その気持ち、分かるよね?」
暁斗は少し悲しそうな表情をしながらそう言った。
『無理に好きになろうとする』
それは俺が響に対して抱いたあの感情のことだろう。
自分がいくら好きでも、相手が同じ気持ちじゃないと気付いた時からいつ別れを切り出されるのか不安だった毎日。
その反面、自分と一緒に居ることで余計に傷付けているのではないかという罪悪感。
俺はそれを知っている。痛いほどに知っている。
「...詩織さんに連絡するよ」
「え、ちゃんと考えれたの?」
「ああ。暁斗の言葉が俺の悩み事を解決させた。」
「ちょ、解決早くない?大丈夫なの?」
「大丈夫だ。俺は決めたらすぐに行動するからな。」
自分に刺さった暁斗の言葉、それが俺の背中を押した。
あれだけ解決する方法が分からないと思っていた悩み事は、暁斗の言葉であっさりと答えを出す。
すぐに詩織さんに『今夜空いていますか?』とメッセージを送った俺は、この気持ちをどうやって詩織さんに話そうかと考えた。
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