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2. 『運命の人』 12

「...それで、いいのか...?」 「はい。」 「...俺はよく分からない。詩織さんを好きになるかもしれないと思っているのに、別れていいのか...」 「...いいんですよ。私、ずっと片思いしてたんです。陣さんのことずっと見てました。だから顔を見たら分かります。」 「そう...なのか...」 「陣さんって分かりやすいですよ?今の表情は初めて見ますけど...ふふふ。」 「...俺だってこんな気持ちは初めてだ。」 俺と詩織さんはお互いに自分の気持ちを吐き出した。 そして俺はもう一度やり直すことを提案し、詩織さんは別れようと言った。 つまり俺の提案は断られ、俺たちは今日ここで別れることになった。 響の時とは違い、いきなりの別れにどうしたらいいのか分からない俺はただただ戸惑いを隠せずにいた。 こんなことになるだなんて思いもしなかったし、自分の提案は受け入れられるという自信がどこかにあったからこそこんなにも今の状況に動揺した。 それに比べて詩織さんは落ち着いていた。 滲んでいた涙も消えて、声の震えも無くなった詩織さんはスッキリした表情をしていて、それで俺を見て笑っている。 さっき別れようと言った人のする顔じゃないと言いたくなる程に笑顔だったのだ。 「なんだか...別れてからその笑顔を見せられるのは複雑だ。」 「そう?私は陣さんのその姿が見れて嬉しいかも。」 「...本当に詩織さんは俺が好きだったのか?」 「ええ!大好きだった。過去形になんてしたくないくらい。」 「...そうか。」 「ねぇ陣さん。私、お願いがあるの。すごくワガママなお願い。」 詩織さんはそんな笑顔のまま、俺のコートのポケットに手を入れて『お願い』と言った。 少し前まで恋人だった人からのお願い、自分のせいで傷付けて別れを選ばなくてはならなくなったことへのせめてもの償いだ。 どんなことでも受け入れよう、そう思った俺に、彼女は意外なことを頼んだ。 「私、陣さんと友達になりたい。付き合うことは限界だと思った。だけどこのまま陣さんと会えなくなるのは辛い。もちろん私の片思いは終わりよ?だから本当に何も無い、ただの友達になりたい...。」 会えなくなるのは辛い、それは俺も感じていたことだった。 これほど趣味や話の合う人は今まで一人も居なかった。 弥生と料理の話をすることがあっても、それが楽しいと思うほど盛り上がる訳でも無く、自分の好きな話を同じように感じて話せるのは詩織さんだけ。 「もちろん。俺からも頼みたいくらいだよ。」 「...良かった。じゃあ、今からは友達として、よろしくお願いします。」 「ああ。よろしく。」 差し出された手のひらを握る俺にも笑顔が浮かんでいた。 手を繋ぐんじゃない、友達として交わした握手。それが何故かホッとして、これが俺たちの進むべき道だったんじゃないかと思えてしまった。 詩織さんとは恋に落ちる運命じゃなかった。 だけど、友達になる運命だったのかもしれない。 暁斗に言われてあれほど運命という言葉から抜け出そうとしたのに、俺はまたその言葉を頭に浮かべてしまう。 ...ここまで来ると病気じゃないかと思ってしまうくらいに、何故か頭から離れないのだ。 ーー詩織さんと別れた日、俺には友達がまた一人増えた。 他の誰より趣味や話が合って、人見知りで緊張すると声が小さくなる程小心者なのに大事なことはハッキリ言葉に出来る強さを持った女性。 笑うと可愛らしくて、俺と同じ大の甘党のその女性は、運命だと感じた通りにこれから先ずっと俺の大切な友達になることとなる。 そしてこの後徐々に俺は運命という言葉を口にしなくなる。 言霊というものがあるように、そうしてしまえば自分自身に暗示がかかってしまうと思ったのだ。 だけどたまにふと考える。 いつか自分にも、『これが運命なんだ』と思えるような恋がしたい。 暁斗と響、弥生と千裕のように、壁にぶち当たってもそれを壊したり乗り越えられるような、自分のプライドを投げ捨てられるような、そんな恋がしたい、と。 これは俺の運命に捕らわれた、何とも俺らしくない話。 本当の『運命の人』に、まだ出会う前の話。 END.

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