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3. 記憶喪失事件 1
「き、記憶喪失ぅ!?!?」
それは桜の蕾が膨らんで、だいぶ暖かい日が増えてきた3月のある日のことだった。
俺、橘 千裕 が仕事から帰ると、暁斗さんとこの日お休みだった響くん、そして同じ会社の違う部署で働く山元さんが揃いも揃ってウチのリビングに正座していた。
そして暁斗さんが『落ち着いて聞いてね』と意味深な前置きをしたかと思えば、響くん同様この日休みだった弥生が階段から落ち、なんと記憶喪失になったと言ったのだ。
「っはは!暁斗さん、エイプリルフールはまだ先だよ?そんな冗談...」
「...冗談だったら良かったんだけどね...」
「いやいやぁ、響くんまでそんなこと言って!みんなで俺を騙そうって思ったって無理無理!」
「......千裕、俺たちは至って真面目だ。」
「だからアンタは呼び捨てやめろって!」
先週片付けたこたつの代わりに置いたローテーブル、それを囲むように正座する三人。
一人を除き、なんだか気まずそうな顔をしていた。
眉間にシワを寄せる暁斗さん、口をへの字にした響くん、そして大して俺とは仲良くなんてないのにいつの間にか呼び捨てで名前を呼ぶようになった、俺の苦手な山元さん...はいつもと変わらない仏頂面。
いくらそんな顔をしてどよんだ雰囲気を出したって、俺にそんな冗談通用しない。
何故なら弥生は無駄に顔が良いだけじゃなくて、風邪の一つも引かないくらいに丈夫な身体だったのだ。
階段から落ちたってケロッとしているだろうし、多分地球が滅びるってなっても最後の最後まで生き残ってそうなくらい、バカが付くほど元気な男。
「それより弥生は?風呂?」
「......それが、その...」
「もしかして寝た?もぉ、今日はDVD観たいって言ったのにーっ」
「いや、起きてるんだけどね?そのー...ここには居ないって言うか...」
「はぁ?一人で出掛けたの!?俺には散々ダメって言うくせに!」
「...えーっと...その、夜の街に...遊びに行きました...。」
夜の街と言われた俺はポカーンとしたまま、暁斗さんの言った言葉を繰り返す。
確かに今は夜だし、ここは街中。
だから外に出れば言葉通り夜の街な訳だけど、暁斗さんは『うーん』と唸った後に言葉を付け足した。
「弥生は...女の子がいるお店に...遊びに行ったってこと、です。」
ーーそれは俺の予想を遥かに上回る場所。
自分で言うのもなんだけど、弥生は俺に超が付くほど惚れていて、どれだけ喧嘩をしても最後に折れるのは必ず弥生。
たまに強引で俺様気質なところもあるけれど、俺を裏切るようなことは今まで一度だってなかった。
『俺はこれから先ずっと、千裕だけを愛してる』
そんなプロポーズみたいな告白をされてから、俺も恥ずかしくて言葉には出さなかったけれど、弥生のことを同じように愛してる自信はあったし、俺の性格を理解してくれている弥生には伝わってると思ってた。
だけど。
「...浮気ってこと?」
「い、いやっ!浮気じゃないと思うよ!?ねぇ暁斗さん!」
「そうそう!浮気では...ないけど...とにかく記憶が無くて...」
「意味わかんないけどムカつく。俺が居るのにキャバクラ行ったってことだよね!?超ムカつく!絶対許さない!!暁斗さん、何処の店!?今から連れてって!!!!!」
あれだけしつこいくらいに『千裕だけが好きだよ』って言ってたのにキャバクラ!?
理解出来ない。信じられない。めちゃくちゃムカつく...!!
俺の短い怒りの導線に火が着いて、財布とスマホ、それと弥生とお揃いのキーケースに入った鍵だけポケットに入れた俺は暁斗さんの腕を引っ張った。
『絶対行かない方がいい!』と言う響くんの言葉を遮って、ズルズルと玄関まで連れて行く俺は鬼の形相だ。
突然恋人に裏切られたこの気持ち、本人に直接言ってやらなきゃ気が済まない。
「ぜーーーーったい許さないんだから!!」
夜空に叫んだ俺は、怒りでメラメラと燃えていた。
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