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3. 記憶喪失事件 2

それから歩くこと十数分。 ギラギラ眩しいネオン街を歩くのは、そんな場所を楽しむつもりなんて一切無いって顔した俺と、案内役の暁斗さん、暁斗さんの横で心配そうな顔をした響くんと、何故か付いてきた山元さん。 どうやら弥生は出て行くときに、『ここに行く』だなんてご丁寧に行き先を暁斗さんに伝えていたそうだ。 わざわざ自分の浮気場所を知らせるだなんて、本当にどうかしてる。 俺にバレない自信でもあったのか!?と今すぐにでも殴りたくなるような気持ちを抑えて黙々と歩くと、一件の店の前で暁斗さんの足が止まった。 「ここだけど...千裕くん、本当に弥生は記憶が飛んでるんだ。響くんと陣のことも覚えてない、千裕くんのことも覚えていない。」 「嘘だ。そんなはずない。」 「嘘なら良かったよ。だけど本当のことなんだ。今の弥生は高校卒業した頃...20歳前後の記憶までしかない。その頃荒れてたのは千裕くんも知ってるよね?」 「弥生のチャラ期でしょ?知ってるよ。毎晩違う女の子とホテル通いだったっていうやつでしょ?」 「...だから、きっと今の弥生とは会わない方が...」 「そんなの関係ない!弥生は俺の恋人なの!なのにこんなところ来るとか...っ、最低じゃんか!文句言わなきゃ俺の気が済まないの!!」 記憶喪失なんて、俺のことを覚えてないなんて、そんなの信じられる訳がない。 そう言い切った俺は店の扉を開けた。 ...人生で初めて訪れたこの場所が、どんな所かなんて全く想像も理解もしていないまま。 ***** それから数分後、俺はまた同じ場所に立ち尽くしていた。 頭の中が混乱して、もう何がなんだか分からなくて、放心状態ってこういうことを言うのかな? (弥生が...本当に俺のことを覚えてない...?) 店に入ってすぐ、俺は弥生を見つけた。 派手なドレス姿の女の子が弥生を挟むようにぴったり密着しながら座っていて、楽しそうに笑う姿は俺の見たことのない姿。 そして俺たち...いや、暁斗さんに気付くと手招きをして、それから俺を見て『あれ?その子も暁斗の友達?』なんて言ったんだ。 普段からその容姿のせいか、街で女の子から声を掛けられることはしょっちゅうある。 馴れ馴れしく弥生に触れる子も居たりするけれど、決まって嫌そうな顔をして『触んな』って言う弥生。 それがあまりに怖い声だったから、もう少し優しく言ったら?って注意したことがあったんだけど、その時弥生は言った。 『俺の身体も心も千裕のモンなの。千裕以外に触られたくないの』   そんなキザなセリフを確かに言ったのに...。 俺がここで見た弥生は、女の子が身体に触れることを許していた。 許していただけじゃなくて、さも当たり前かのような態度を取っていた。     それが衝撃過ぎて言葉を失う俺に、弥生は追い討ちをかけるように   『ほら、こっち来なよ。えーと、キミはなんて名前?ってか未成年じゃないよね?』 って、童顔のせいで年齢確認されることを気にしている俺に言った。俺の嫌がることはしない弥生が、俺の嫌な言葉を言ったんだ。 それだけで『これは俺の知ってる弥生じゃない』とハッキリ分かった俺は店を飛び出した。 暁斗さんたちが言った記憶喪失、という言葉が本当だったんだと理解したのもこの時で、今の弥生と会わない方がいいと言われた理由が分かったのもこの時。 (俺...どうしたらいいの...っ!) だけどそれに気付いた所でどうしたらいいか、なんて俺に分かるはずがない。 ...店から出た俺を追いかけてきた響くんが、泣きそうな顔をして俺の手を握ってくれたことで俺の中の何かが崩れ、その場で泣き出してしまった。 涙を拭ってくれる人なんて、今は居ないのに。

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