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3. 記憶喪失事件 4

Side MIKI ① ふと目覚めると、頭に鈍い痛みを感じた。  身体は疲れているのか重たくて、自分が今地面に寝転んだ状態だと気付いてからも中々身体を起こすことが出来ない。 「弥生!?おい!弥生!!」 視界に入ったのは少し老けた暁斗に似た顔と知らない顔が2つ。 あれ?誰?...それが俺が自分の住むマンションの階段から落ちた後の第一声だったらしい。 「えー?じゃあヤヨイ君は記憶喪失ってことぉ?」 「らしいよ?ま、どーでもいーけどねっ。」 「大丈夫なの?ミカしんぱぁい...」 「大丈夫大丈夫。あ、でもミカちゃんが癒してくれたら記憶戻るかも。」 自分が記憶喪失だと知って2日目の夜、適当に入った飲み屋のカウンターで声を掛けられ一緒に飲むこと一時間、俺が心の中で考えていたことは『今日はこの子かな』という夜の相手のことだった。 老けた暁斗に似た男はやっぱり暁斗で、今は29歳の世界らしい。 昼間病院に連れて行かれた俺は、あれこれ検査を受けたけれど記憶以外の異常は無し。 その記憶もどうして無くなったのか理由は不明で戻るのかも分からない。 だけどそんなことはどうだって良い。 俺は『20歳』の俺で、面倒なことは頭に入れたくないし今この瞬間が楽しければそれでいいと思っているからだ。 29歳の俺はそれなりのマンションに住み、仕事もちゃんと正社員、財布には現金もカードもあるし、病院から帰って探した通帳には目を疑うほど貯金もあった。 人並みか、それ以上の生活を送れていそうな未来の自分にホッとした。 一つだけ、人を信じられない自分が生意気で『アンタ』なんて俺のことを呼ぶ部下を居候させているっていうのには驚いたけれど、今の俺には関係ない。 どうせ一時期のことだろうし、そんな気分にでもなったのだろう。 「ほんと?...じゃあ、ミカがヤヨイ君を癒してあげたいなぁ...」 「はは、胸当たってる。癒すってそういう意味?」 「もぉ!ミカ勇気出したのにひどいっ!」 「ごめんごめん。でもミカちゃんがその気なら、そうしてもらおうかな?」 ーーま、そんなことどうでもいいか。 俺の腕に自身の胸を押し付けたやけに積極的な女の子。『一夜限り』の相手には丁度いい。 29歳の俺はどんな身体してるんだろーな?と思いながら、その子の腰に腕を回した俺は近くのラブホテルへ向かった。 ***** 「ただいまー」 深夜2時。俺のものだと渡された鍵を使い、慣れない自分の部屋に戻った俺はイライラしていた。 今夜の相手を見つけたけれどここに居るということと、帰り道にポケットの中で見つけた自分の携帯電話がその理由だ。 20歳の俺が使っていたものとは全く違うそれは、使い方もよく分からない上になんとパスワードを入力しろというのだ。 自分の誕生日や母親と暁斗の誕生日、思い付く限りの数字を入力しても開かず、唯一頼っている暁斗に聞こうと思ったけれどパスワードが分からなければ電話すら出来ない。 飲み屋で出会ったあの女の子とだって、ホテルに入った時から気分が乗らず、身体だってピクリとも反応を見せなかったせいで欲求不満だ。  ただ眠るだけ、そんなこと求めていない俺は自分の身体が気持ちに付いてきていないことが不思議で、適当な理由を付けて何もせずに帰ってきたのだ。 ...こんなことは初めてで、何故か無性に腹が立つ。 9年後の自分が不能になったのか、それとも欲が無くなったのか...? どちらにせよ今はただただ機嫌が悪い。 「...おかえり」   「まだ寝てなかったの?」 「そういうんじゃないけど...。アンタ何イライラしてんの?」 「は?別に普通だけど。それよりお前、これ分かる?パスワード入れなきゃ電話も出来ないんだけど。」 リビングに入ると、ソファーで丸くなって横になる居候に声を掛けられる。 一目見ただけで自分の機嫌を察知されるほど俺は態度に出ていたのか?と思いつつも、今は使い物にならないこの携帯のパスワードをどうにかしたい。 別に依存症って程必要だとは感じていなかったけれど、分からないパスワードを開かなければこのイライラは収まらないだろう、と顔以外に可愛さの欠片も無い居候に尋ねた俺。 「...アンタの誕生日は?」 「違った。心当たりのある数字は全部入れた。だけどダメだったんだよ。」 「...0515。これは?」 「は?...あ、開いた...」 「良かったね。じゃ、俺寝るから。おやすみ。」 どうせ聞いた所で分からないだろう、そう思ったのにコイツは見事4桁の数字を言い当てた。 自分には全く見に覚えのないその数字はますます自分自身への謎となる。 『寝る』と言った居候はそのまま目を閉じてしまい、俺は自分の寝室らしき部屋の扉を開けた。

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