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3. 記憶喪失事件 5
Side MIKI ②
「...なんだこれ...っつか誰だよ、『千裕』って..
.」
一人で寝るには充分すぎる大きなベッド。
そこに横になりながら携帯を触る俺は更に自分自身が分からなくなる。
どうやら今の時代では、手で画面に触れて使うこの携帯のことを『スマホ』と呼び、『アプリ』というものをインストールしてあれこれ使えるようになっているようだ。
パスワードが分かってすぐに暁斗に電話をし、それを教えて貰った俺は自分のスマホにインストールされたアプリを見たのだけれど、何故か天気予報のアプリが3つあって、スケジュール管理をするアプリには『千裕』という名前が毎日のように並んでいる。
その名前は連絡先にもあったし、通話履歴にもズラリと並んでいて、そのどれもが自分から発信したものだと分かると『千裕』の存在が気になって仕方ない。
彼女?彼氏?
... 男女共に抱いた経験のある自分からしたら、そのどちらかもしれないと考えたけれど、自分が誰か一人に絞って付き合うだなんて想像がつかない。
そもそも愛だとか恋だとか、そんなもの信じていなければ必要だとも思っていないのに、恋人を作るだなんてあり得ない。
ならばこの『千裕』とは何者なのか...?
「あー...くそ、イライラする...っ」
その夜俺が眠れることはなく、ムシャクシャした気持ちのままベッドで朝を迎えた。
*****
記憶喪失になった(らしい)日から3日目。
眠たいのに眠れない、そんな睡眠不足と昨夜からのイライラが溜まった俺は絶賛不機嫌。
ソファーで丸くなっていた居候は仕事に出ていき、部屋には俺一人。
今までならこんな時は誰か都合のいい人を呼んでいたけれど、このスマホに登録されている名前は暁斗を除きどれも知らない名前ばかりだし、その数は今の俺じゃ考えられない程に少なかった。
それが理由で益々イライラは募り、ソファーで大の字になってテレビの情報番組を聞き流していたのだけれど、この部屋はどうも違和感を感じる。
食器棚には2つセットの食器ばかりが並び、所狭しと並ぶ置物は自分好みのモノなのに、それと混ざって全く好みとは違うモノが置かれている。
テレビ台の下に雑に置かれたDVDも、俺の好きなアクション映画のタイトルに混ざり興味のないファンタジー映画のタイトルがあるのだ。
居候のものか?と思ったけれど、この俺がたかが居候にそこまですることは無いだろう。
そもそもあのベッドのサイズが疑問だった。
今は居候が居る、とは言っても元々は一人暮らしなはずで、あれほど大きなベッドは必要ないはず。
ならば何故29歳の俺はあれを選んだんだ?
生活感溢れるこの部屋は、俺一人が生活していて出来たモノじゃない。
誰かもう一人、そいつと暮らす為に整えたんじゃないか?と思うほどに『自分らしさ』の主張が弱い部屋だった。
それからもうひとつ。
朝方部屋が明るくなった時、俺はベッド脇のスペースにあった棚にあるものを見つけた。
「...何これ?」
ネックレスのチェーン、そこに通されていた指輪。
まさか、と思ってそれを左手の薬指にはめてみると、ぴったりそこに収まった指輪にゾッとした。
まさか自分がこんなものを持っているとは。
指輪なんて束縛の塊みたいなものを、今まで一度も欲しいとか渡したいとか、そんな風に感じたことは無かったはず。それなのにこの部屋にあって、しかも意味のある指にはまってしまったということはこれが俺のモノだということなのだろう。
仮にプレゼントだと言われ渡されたとしても絶対受け取らない自信があるのに、自分の部屋の中にそれがある、というだけで驚きだった。
ーーとにかく今日1日この部屋で過ごしてみて分かったのは、『居心地が悪い』ということ。
自分が自分じゃないみたいで、もしかしたらここも俺の住まいじゃないのかも?なんて疑心暗鬼になってしまう。
9年後の自分は一体何を考えているのか?
まさか変な人間に捕まって洗脳されて、おかしくなってしまったのか?
...そんな、訳の分からないことを考えてしまう俺はイライラと寝不足を抱えたまま、また夜を迎えた。
「...ただいま。」
「おう。」
「...ご飯食べた?」
「んー、なんかまぁ適当に食った。お前は?つか俺たちどうやって生活してた訳?食事当番とかあった?」
「...無いよ。アンタも俺も適当にしてた。俺も勝手にするからアンタも勝手にして。」
居候の口調は一切変わらず、その態度も表情も癪に触る。
居候なら居候らしく俺を気遣うとかあるだろうに、そんな素振りは一切見せない。
それなのに何故か、何故か分からないけれどコイツが帰ってきたとき『ホッ』とした。
この部屋に居候が居る、それだけで少しだけイライラが収まって、適当に食事すると言った居候が何を食べるのか、そして本当に食べるのかが気になってしまう。
冷蔵庫には食材もあったし、俺が作ってやった方がいいのか?...そんな風に世話を焼きたくなったのだ。
「なぁ、飯作ろうか?」
「っ!?」
「お前細いしちゃんと食べてんの?どーせ毎日コンビニなんじゃねーの?」
「い、いい!お腹すいてないし大丈夫!」
「はぁ?...っおい、逃げんなよ!」
居候は一瞬俺の言葉に顔色を変えたかと思うと、逃げるようにリビングを出ようとした。
向かった方向的に風呂にでも行こうとしたのだろうか。
だけどそんな態度が気になった俺は、咄嗟に居候の腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。
...まるで『いつもこうしている』と身体が覚えているかのように、ごく自然とそうしていた。
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