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4. 『大丈夫』 3

ーーーーーー ーーーー 「へぇ。それでそんな暗い顔をしてたのね?」 「...はい。」 恋人が異性ではなく同性であることを含め、一通り今日起きたことを話した俺は再びアイスコーヒーに手を伸ばした。 「で、貴方は浮気を疑ってる...とか?」 「...違うと信じたいんですけど。そんな子じゃないと思うし。でも...」 「自信がない?」 「......はい。」 さっきよりは冷静になれた、そう思ったのにズバズバとこの女性に自分の思っていることを当てられてしまい、グラスを握る手は少し震えている。 今度は落とさないように、と両手で握り直すと女性は『ふふふ』と小さく笑った。 「愛されてるのね、その恋人くんは。」 「え?」 「こーんなイケメン悩ませて。そのうちバチでも当たりそう。」 「あ、あの...?」 「...あ、ごめんなさいね。あまりにも貴方が落ち込んでるから...。でも、きっと大丈夫。浮気なんかじゃないわよ!」 「...なんで...?」 「女の直感!」 直感、と言われても納得出来るはずはなくて俺のモヤモヤした気持ちは広がったまま。 だけど不安を誰かに打ち明けたことで少しだけそれは軽くなった気がした。 ...と、いうよりもこの女性が相手だったからなのかもしれない。 顔はサングラスのせいでほとんど見えていないのに、態度や話し方、俺の話の聞き方、それとさっき見た笑い方が誰かに似た雰囲気を感じたからだ。 『誰?』と聞かれたらすぐに答えられないのだけれど...親しい人に似ている、そんな感覚。 それから女性は俺にいくつか質問をした。 『出会いは?』『告白はどちらから?』『どこが好き?』『直してほしい所は?』 それは同性カップルを茶化すようなものではなく、ただ純粋に...そう、女子高生が恋愛トークに花を咲かせるような感覚に似たもので、だからなのか俺は何の警戒心も持たずに彼女からの質問に答えていて、いつの間にか響くんの自慢やノロケ話までしてしまった。 あんなに落ち込んでいたのに、口から出るのは響くんの好きな所ばかりで、そんな話をしていると次第に心は落ち着いてきていた。 浮気の可能性を忘れてしまうほどに...。 アイスコーヒーの入ったグラスが氷だけになる頃、女性のスマホが着信を知らせるバイブ音を慣らすまでそれは続き、『もうこんな時間か』と俺はハッとする。 「...そろそろ時間みたい。」 「長い間ありがとうございました。」 「こちらこそ!時間潰せて助かったわ。」 それと同時に思い出した、『瑞希』という名前。 響くんは帰って来てくれるのだろうか... ? と不安の波に再び襲われる俺に、女性は明るい声で言った。 「...大丈夫よ。浮気なんかじゃないわ。」 「......」 「ほら、そんな顔しないの!じゃあ私行くわね。...付き合ってくれてありがとう、『暁斗さん』。」 「......え...?」 ヒラヒラと片手を振り席を立つ女性。 スラッとした身体に黒のワンピースをなびかせて、その姿はなんとなく響くんの横に立っていたあの『瑞希』と似ていた。 ーーそれより驚いたのは俺を『暁斗』と呼んだことだ。 自分はいつ名乗った?いや、名乗った記憶は全く無いのに... それなのに帰り際、確かに暁斗と名前を呼ばれた気がするのだ。 (...不思議な人だったな...) 見た目も行動も不思議な女性。 気付けば外は暗くなり始めていて、もう仕事が終わるいつもの時間が近付いていた。 そんなに話し込んでいたのか、と自分も外に出ると、ポケットのスマホが震えだす。 それは愛しい響くんからの着信で、いつもならすぐに取るけれど浮気の不安で指が上手く動かない。 ようやく動いた指は震えていて、『もしもし』という一言を言うだけなのに冷や汗をかいていた。 『暁斗さんっ!仕事もう終わった?』 「え...あ、うん」 『じゃあ早く帰ってきてね、寄り道しちゃダメだよ!』 「...響くんは、今どこ...?」 『俺?俺はもう帰ってるよ!だから早く!』 「そ...っかぁ...。分かった...。早く帰るよ。」 電話口の響くんの声は明るくて、何より帰ってるという言葉にホッとした俺は思わず道にしゃがみこんでしまった。 瑞希という女性の存在は気になるけれど、響くんは家にいる。 帰ってきてくれた、それだけでいいじゃないか...。 そんな安堵の気持ちに襲われたからだ。 『寄り道しちゃダメだよ』なんて普段は言わない言葉が胸に染みて、泣きそうになるのを堪えながら立ち上がった俺はマンションに向かって走った。 早く会いたい、早く抱き締めたい、そう思いながら。

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