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4. 『大丈夫』 4

あと少し、あと少し... こんなに全力で走ったのはいつぶりだろう? 日が暮れたとはいえまだ暑い中、マンションを目指して夢中で走った俺は汗まみれ。 こんな身体で響くんに触れるなんて申し訳ないけれど、それでも早く響くんの身体を自分の腕で抱き締めたくて必死だった。 やっとマンションの入り口にたどり着くと、自分がスーツ姿ではないことに気づく。 『ずる休みした』ことを隠していたのに、これじゃ疑われてしまう... (...いいや、正直に話そう。それから謝ろう。) 女々しい自分も『自分』なのだから、隠さず伝えればよかったんだ。 そしてちゃんと響くんに聞こう、あの『瑞希』という女性のことを。 エレベーターに乗る頃にはそう思えるほどに吹っ切れていた。 きっと響くんが帰ってきてくれたことが原因だろう。マイナス思考から抜け出せた俺が早足で自室のドアの前まで進むと、扉の向こうにふと違和感を感じた。 (...誰か...居る...?) 騒がしい、というか会話が聞こえるというか... 響くん一人ならそんなことは無いはずなのに、扉の向こうから声が聞こえたのだ。 それにいつもなら閉まっている内鍵は開いていて、響くんとお揃いのキーケースに入れた鍵を使わずに扉は開いてしまう。 いつもならこんなことは無いのに... そんな違和感が忘れたはずの不安を引き戻した。 ーーガチャ、 「あ...」 「...なん、で...」 恐る恐る開いた扉の向こう、そこに居たのは愛しい響くんではなかった。 トイレにでも行ったあとなのか、一人廊下に立ち玄関の方を振り返ったのは、俺が今日昼間見たあの女性...『瑞希』だった。 「あ、あの!これには訳が!」 何故ここに? 早く帰ってきてねと言った響くんは? ...もしかして、響くんは瑞希と俺を会わせるつもりで...? 帰ってきた俺を見て慌てる瑞希を前に、自分は驚くほど冷静だった。 響くんは渡さない、絶対に手放すものか。 そんな独占欲が沸いて、驚きや怒りを通り越していたのかもしれない。 「あ、暁斗さんっ!おかえりなさ」 「響くん」 「うわ!?え!?」 「俺、絶対嫌だよ」 リビングの扉が開き、ひょこっと顔を覗かせた響くんが見えると、俺は靴も脱がずに響くんの元に近付きぎゅっと抱き締めた。 瑞希の前であろうと、自分が汗まみれだということも、もうなんだって構わない。 「俺、響くんのこと絶対手放さないから。俺は男だしそれは変えられない。だけど誰より響くんを愛してる。」 「あ、あああ暁斗さんっ!?」 「ねぇ、俺じゃダメだった?響くんはやっぱり女の方がよかった...?」 「ちょ!?ね、待って暁斗さん!?」 「俺は響くんじゃなきゃダメだよ。もう響くん以上に好きになれる人は居ない。響くんしかいないんだ...」 一目惚れしてからもうかなりの年月が経つ。 その間誰一人だって好きになったことはない。 響くんだけが気になって仕方なくて、たくさん悲しませて傷つけたからこそ大切にしたいと思い続けた。 だけど自分より若い響くんが俺より魅力的な人と出会うんじゃないかと心配することは増える一方だった。 束縛はしたくない、だけど本当はずっと俺の側にだけ居て欲しい...。 弥生や千裕くん、陣やならばその心配は無いけれど、それ以外の人となると余裕なんて一切無かった。 重いと思われたって仕方ないほどに、俺は響くんに夢中になりそして依存していた。 響くん無しじゃ生きていけない、本気でそう思うくらいに... 「~~っもぉ!!!暁斗さん!」 「っ、」   これだけじゃ足りない、と響くんへの思いを語ろうとした瞬間、顔を真っ赤にした響くんが俺の両頬をそっと包み、そしてチュッと小さなキスをした。 「もう、分かったから!...それに俺も暁斗さんだけが好き。大好きだよ...。」 「ひ、びき...くん...?」 「で、暁斗さんはなんか勘違いしてると思う。...確かにサプライズにした俺も悪かったけどさ...」 「勘違い...?」 恥ずかしそうにそう言った響くんはチラリと横を見る。 そこには響くん同様顔を真っ赤にした瑞希が立っていて、『ひゃあ~~』なんて声をあげていた。 それと同時にリビングの扉の向こうにまだ人が居て、キャアキャアという声が聞こえると、俺はようやく『まさか』と自分が盛大に勘違いをしていたことに気付いたのだった。

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