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4. 『大丈夫』 5
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「えーっと、じゃあ改めて紹介するね。これが俺の姉たちです。」
「「「はじめましてーっ」」」
リビングのソファー...には座りきれず、絨毯の上に座ってもらった三人の女性。
その中にあの瑞希も含まれていた。
「長女の美月 です。」
「次女の柚樹 ですっ」
「三女の瑞希 です。本当にすいませんでした...っ!」
そう、俺が浮気だと勘違いした女性...それは響くんのお姉さんだったのだ。
じっと見れば納得できるその綺麗さは響くんと似ているもので、三人とも『美人』の言葉がぴったりな女性。
美月さんは大人さを、柚樹さんは可愛さを、瑞希さんはその中間を持っているといった所だろうか。
その三人の弟の響くんは綺麗でもあり可愛くもあり、ここまで整った姉弟を目の前にした俺は戸惑っていた。
と、いうよりも恥ずかしくて恥ずかしくて、顔を上げられずにいたのだけれど。
「ごめんなさい暁斗さん...。俺、暁斗さんを驚かそうと思って...」
「いや、響くんは悪くないよ...。勝手に勘違いした俺が悪いんだ...。」
ーーこの日、響くんはあるサプライズを俺に用意してくれていた。
それは自分の誕生日にふと漏らした一言がきっかけ。
『響くんのご家族に会いたいな』
という、いつか挨拶をしてちゃんと認められたいという身勝手な欲。
それまでお互い家族の話をすることはほとんど無く、響くんにお姉さんが居たことを知ったのは今年に入ってから。
出会ってから数年後のことだったのだ。
そんな自分の言葉を聞いた響くんは疎遠にしていた家族に連絡を取り、そして一人でカミングアウトし今日この場にお姉さんを連れてきてくれたらしい。
駅前で待ち合わせた瑞希さんとショッピングモールへ行き、そこで他の二人のお姉さんと合流、そして今に至るというのに...
(俺は何をしていたんだ...っ!!)
自分は仕事をずる休みし、その上尾行して勝手に浮気だと勘違いしていただなんて...。
恥ずかしい、最低、最悪...恋人失格な自分の行為。
それを打ち明けられずにいる俺に、響くんと三女の瑞希さんが『ごめんなさい』と頭を下げるのだ。
そんな状況に耐えられず、俺は恥を承知...響くんには幻滅されることも覚悟で自分が今日一日していたことを話した。
「...ごめんね、響くん。本当にごめん。」
「......暁斗さん...」
「女々しくて情けなくて...信じてるのに俺自身に自信が無くてこんなこと...」
「...へへ、嬉しい。」
だけど響くんは口元を両手で覆いながら目を細めていた。
そしてお姉さんが居る前だというのに、あの可愛い笑顔を俺に向けて言ったのだ。
「暁斗さんが俺のこと大好きなんだって分かって、すっごく嬉しい...!」
その瞬間、『ズキューン』なんて効果音と共に心臓に何かが刺さるような感覚に襲われた俺。
最低なことをしたのに、それを責めることなく受け入れてくれた響くん。
その顔で、その台詞は殺し文句と言っても過言じゃないだろう。
「うっわ、響ったらメロメロじゃん」
「ひーくん可愛い~っ」
多分、お姉さん達がこの場に居なければ響くんを抱き締めて押し倒していた所だろう。
いや、そうしそうになりかけたタイミングでお姉さん達の声が俺にストップをかけてくれたのだ。
「...瑞希さん、本当に失礼なことをしてしまい...すいませんでした」
「えっ、あ、あの!謝るのは私の方です!誤解させてしまうようなことを...。でも、私たち...安心しました。響が幸せそうで、愛されてるって実感できて...」
落ち着け、と自分に言い聞かせ改めて瑞希さんに頭を下げると、響くんと同じような表情をしながら瑞希さんは話し出した。
それはお姉さん達3人の『思い』。
末っ子の響くんが可愛くて仕方なかったこと。
そんな響くんが一人暮らしを始めて心配だったこと。
久しぶりに顔を見せたと思ったら同性の恋人がいると打ち明けられたこと。
『幸せだ』と言いきったから応援しようと決めたこと。
だけど『それは弟の思い込みや勘違いなのではないか』と不安だったこと....。
「一方的な思い込みだったら...とか考えちゃったんです。同性だし、相手は遊びかもしれないとか...。
だけどさっき廊下で見せた暁斗さんの表情に言葉...。あれを見て、聞いて、ホッとしました。二人は同じ気持ちなんだって分かって...。」
響くんを大切に思い、愛しているのは俺だけじゃなかった。
『家族』という最も響くんに繋がっている人たちが、俺と響くんの関係を不安に感じていたことを実感した瞬間だった。
「私たち、響が好きになった相手が暁斗さんで良かったって思ってます。ね?お姉ちゃん、」
「ええ。しかもこんなイケメン、響には勿体ないくらいなのに。」
「柚は可愛いひーくんが見れて嬉しいよぉ~っ」
だけどそんな家族から『好きになった相手が俺で良かった』なんて言葉を掛けてもらえた、それは俺たちが『認めてもらえた』と思えた瞬間でもあって、鼻の奥がツーンとすると同時に目頭が熱くなる。
そんな俺を見た響くんはまた嬉しそうに微笑んで、それを見たお姉さん達も口元を緩めていた。
香水なのか、それともシャンプーの香りなのか...
普段は嗅ぐことのない女性の香りに包まれた部屋は、温かくて優しくて、溢れた涙はすぐには止まってくれなかった。
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