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4. 『大丈夫』 6
*****
「へー、良かったな!」
「ん。」
あの日から数日後、いつものバーのカウンター席に弥生を呼び出した。
そして一通り『報告』のように話をし、一息ついた所でポケットのタバコに手を伸ばす。
キィン、と音を立てたのは響くんからプレゼントしてもらったあのライター。
テーブルに置いたスマホの待ち受け画面は響くんに内緒で撮影した寝顔だったりする。
「正直もしかしたら浮気...とか考えた自分が恥ずかしくて仕方ないよ。」
「それは無いだろーな。暁斗にメロメロなの、お前が一番知ってるだろ?」
「...それくらい美人だったんだよ。響くんのお姉さん達は。」
「ふぅん?暁斗の口から美人だなんてな。一回見てみたかったなー。」
思い返せば自分の行動が恥ずかしくて仕方ない。
だけどそれは響くんにとって『嬉しい』ことと捉えられ、俺たちの間で気まずい空気が流れることは無かった。
あの日お姉さん達が帰ったのは夜遅く、日付の変わる少し前のことだった。
片付けをしてから一緒にお風呂に入り、ベッドに入るまで響くんからお姉さん達の話を聞き、そのあとは...言うまでも無く愛し合った。
「...おい、ニヤニヤすんなよ...」
「え、」
「顔。緩みっぱなし。思い出すのは勝手だけどそこまでされると俺も引くぞ?」
「あ、あー...ごめん。...なんか幸せで。」
「......ウザッ!!!」
そう、本当に幸せだったんだ。
不安を掻き消すように響くんが俺に『大好き』と何度も言ってくれて、俺だけだと言ってくれて...。
弥生にウザがられても仕方ないなと思う程に浮かれている自分。
過去の自分ならきっとこんな風に誰か一人を愛することなんて出来なかったと思う。
でも響くんに出会って、色んなことがあって、ありのままの自分を受け入れてもらえたからこそ今の『気持ち悪いくらいに素直な自分』がいる。
こうまで自分を変えてしまった『恋』はすごい。
「んで?呼び出したのってまさかそのノロケ話を聞かせるだけじゃねーよな?」
俺と同じようにタバコを咥え火を着ける弥生の表情は『じゃなきゃ帰る』と言わんばかりだ。
ーーそう、今日弥生を呼び出したのは理由があった。
「...親父にさ、ちゃんと話そうと思って。あの人が受け入れてくれるかどうかは置いといて、俺にはちゃんと大切な人がいるって宣言する。」
「え...マジで?」
「響くんは一人で家族にカミングアウトしたんだ。俺の知らない内に。きっと不安だったと思う。それに今だって、口にはしないけど俺の親に認めてもらえるかってきっと悩んでると思う。...だから、覚悟を決めた...って報告。もしかしたら弥生に迷惑掛けるかもだしね。」
いつか、いつかと先延ばしにしていたこと。
もうしばらく会っていない父親に、響くんとの関係を伝えようと決めたことを弥生に言いたかったのだ。
父親は『真面目』な人間できっと頭も堅い。
同性愛に理解があるだなんて全く思えないけれど、それでも自分の特別な存在...響くんを認めてほしいと思った。
「時間はかかると思うけど、ちゃんと理解してもらう。それから響くんを紹介したいんだ。」
「...ん。...なんかあったら相談しろよ。」
「...ありがと。」
数ヶ月、いや何年かかるか分からないけれど、響くんのお姉さん達のように『応援してる』と言って貰えるように...
そんな覚悟を決めた俺は少し強くなったのかもしれない。
面倒事をわざわざ自分からしに行くようなものなのに、それがしたくて仕方ない。
...きっとこれも『恋』に落ちたせいなのだろう。
*****
灰皿に吸殻が小さな山を作った頃、会計を済ませ俺たちはマンションへの道のりをゆっくり歩き出した。
いつもより涼しい、とは言っても真夏の夜は蒸し暑くじわりと汗が滲む。
「あ、そーいやさ。暁斗は響の親に会ったの?」
「会ってない。...ってか響くんのご両親、日本と海外行ったり来たりらしいんだよね。」
「は?海外?」
「仕事で各地を飛び回ってて、響くんはお姉さん達に面倒見てもらってたって。だからあんなに仲良しなのかな。」
「...なんかスゲーな、筒尾一家って...」
「俺何も知らなかったんだよなぁ。聞かれないから話さない、話さないから聞かない...そんな空気に流されてた。」
額の汗を押さえながらふぅ、とため息を漏らした俺の横で弥生はククッと喉を鳴らして笑う。
「ゆっくりでいいんじゃね?お前達はその方が『らしい』よ。」
「そーかなぁー...」
「必要なタイミングでちゃんと話す。それでいいって。んでいつかちゃんとご両親に会って認めてもらえ!」
「それは勿論。まぁ聞いた話じゃ反対はされてないみたいだけどね?」
「ならいいじゃん。あー、俺も親父に言おうかなー」
「え、じゃあ一緒に報告する?親父ひっくり返るかもよ?」
「それあり得る。」
いつかお互いの親にちゃんと認めてもらえたら...なんてことを考えて口元を緩ます俺はやっぱり自分らしくない。
それでもいいんだ。
着飾った自分より、何倍も自分らしいと思えるから。
「あーあ、早く響くんを抱き締めたい」
「俺も千裕を抱き潰したいー」
「...それ意味違うから。」
「は?そういう意味だろ?」
ほろ酔いの男が二人、肩を並べて歩く夜道。
それはこれから先の未来に『覚悟』と『希望』を持った夜だった。
END.
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