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scene.6 ティアドロップ・クリスマス ― part.2―

「メリークリスマース!!」  カン、という音と共に、それぞれのグラスが重なり合った。  ―12月24日、クリスマスイブ。  営業終了後、2号店のみわ子さんと藤原亜咲がこの日の為に足を伸ばして来ていた。 店舗裏のバックヤードには、ケーキやらオードブルやらシャンパンやらと、様々なものが並べられており、休憩用のリビングテーブルの上はちょっとしたパーティ会場のようになっていた。しかも芝崎が有線放送のクリスマス特集チャンネルなんかも流しているものだから、その場所が実は店舗だと忘れるくらいの勢いだ。 「さあー、呑め呑め!今日は無礼講じゃあー!!」 「…藤原。お前、もう出来上がってんのかよ…」 「細かい事は気にしなーいっ!!クリスマスなんだから楽しまないとねぇぇぇぇ!!」 「ちょ、おま…バカヤロ!」 「…亜咲君は見ていて本当に楽しいですねぇ」 「社長もほらー!早くしないと無くなりますよぉぉぉぉ」 「…全く。こんな時ばかり調子いいんだからこの子は!」 「みわ子さん…コイツ、こんなに酒癖悪いんですか…」 「悪いというより最悪ね。…際限ないのよ、弱いくせに」 「あー、そういうことか…。一番タチの悪いパターン」 「…面倒臭いやつとも言う」 「でも彼は楽しそうなんですよねぇ…見ていて飽きないんですよ」 「いや、あんたも相当でしょ。芝崎さん」 「さあ?何のことでしたかね」 「この前の泡盛の件!忘れたとは言わせねえ!!…あの後、悪酔いしてひっくり返ったあんたを、俺が寝室まで連れてくのにどんだけ苦労したと思ってんですか!!!!」 「あー、それね。あたしも聞いたわ。大変だったねー、結真くん」 「本当っすよ。こーんな細っこい身体してるのに重たいのなんのって…。何食ったらそんな体型になるんだよ」 「だから君の言う通りにしたでしょう?なるべく体調不良の時には酒は呑まないように…」 「…今はな!…どうせいつかはまたやるんだろうけど。ザルだもんな、あんた」 「結真さーん!呑んでますかぁぁぁぁ!!」 「あーはいはい。呑んでるよ」 「結真さーん!泡盛って何のことですかぁぁぁぁ!俺にも教えてくださいよぉぉぉぉ」 「…みわ子さん。コイツ、潰してもいいっすか…?」 「…泡盛で?…いいわよ、許す」 「帰りはどうするんですか」 「適当に転がしときゃおk」 「えー…この部屋、エアコン無いですけど…」 「酔っぱらってりゃそんなの分かりません」 「結真君…もしかしなくても、君は意外と鬼畜…?」 「臨機応変です」 「結真くん!君、面白すぎ!!最高!!」 「きぃぃよしぃぃぃぃこぉぉぉのよぉぉるぅぅぅぅぅーーーーっ!」 「あーもーうるせぇ!お前は黙ってろ、藤原!!」 賑やかなクリスマスイブの宴会は、その後みわ子さんと藤原が帰るまでの間、2時間ほど続いたのだった。終わる頃になると、案の定藤原はすっかり酔い潰れてしまって、みわ子さんがタクシーを呼んで連れて帰ることになった。  二人が帰るのを見送り、後片付けを済ませた俺たちはその足で自宅へ戻った。 「…終わりましたね」 「そうですね。…俺も久しぶりに本気で笑った気がしますよ。そういう意味では、藤原に感謝しなくちゃね」 「ねえ、結真君。…もう少しだけ、お付き合い願えますか?」 「え?…あれだけ楽しんだのに、まだ呑み足りないとか?芝崎さん結構呑んでたでしょ」 「…今度は二人だけのクリスマスパーティですよ」  そう言った芝崎が冷蔵庫から持って来たのは、随分と値段の張りそうなシャンパンだ。 「ちょっと待って。いつの間にそんなもの…」 「今日…誕生日ですよね、結真君」 「あ…」  そうだった。すっかり忘れていた。…とは言っても、もうこの歳になるとあまり気にしなくなってしまう感じではある。昔のように誕生日を特別視する訳でもなく、毎年の流れの中で何となく歳を重ねていくだけなのだ。哀しいかな、アラフォー世代。 「誕生日おめでとう。結真君」 「芝崎さん…ありがとうございます」 「さあ、どうぞ」  グラスに注がれていくシャンパンの甘い香りがふわっと漂い、俺の鼻をくすぐる。それだけでも何だか酔いが回りそうな感じがした。 「いただきます」  芝崎に渡されたグラスを傾けて、俺は注がれたシャンパンを一口含んだ。甘さと酸味が絶妙なバランスで広がってくる。飲み口は意外とすっきりしているようだ。…だがこれは、良い意味でまずいと思った。一度飲んだら癖になりそうな飲みやすさだ。  俺自身、それなりにアルコール度数が高い酒を飲めない訳ではないが、これは酔いが回るのも早そうだ。 「どうです?飲みやすいでしょう」 「そうですね。…癖になりそうな感じはします。でも、飲み方に気をつけないと酔いが回るのも早そうな感じが…」 「そうですか?…結真君は酔いが回るとどうなるタイプですか?」 「俺?…あんまり酔うって事はないけど、眠くなるのが早くなるかな」 「そうですか。…では結真君が眠ってしまう前に、もう一つだけお願いがあるんですけど…聞いてもらえますか?」 「…何ですか?」  何だろう。芝崎の聞き方にちょっと引っかかる感じもするが…断るのも気が引けたので、黙って聞いてみる事にした。だがその後の言葉に、俺は一瞬気が遠くなりそうになった。   「…君に、触れても良いですか?」 「…は?それってどういう…」  俺が次に続く言葉を発するよりも先に、芝崎の顔が俺の前に近づいてきて…。  ――そのまま、キスをされた。  しかも前にされたような軽いキスではなく、今度はダイレクトに俺の唇を狙ってきたのだ。 そんな…待ってくれ。…芝崎が…俺にキス?…しかも唇に?  突然の事で何が何だか分からない俺は、一瞬パニック状態になった。 その後も芝崎のキスは続き、唇から中を探るように舌が絡みついてきて、じんわりと身体が熱くなる様な感覚に陥る。平衡感覚を失いそうになる。 「…っ……ふ…」 「…結真君…。…気持ち…いいですか?」 「…っ……ぁ…。…よく分かんない……けど…」 「…けど…?」 「…なんか…嬉しい…です……んぅ…っ…!」  俺がそう言うと、芝崎はさらに深く俺の中に入ってくる。 こういう時、どう例えればいいのか分からないんだけど、芝崎の俺に対するその行為を嫌じゃないと思っている自分が居るという事だけは理解できた。…そして同時に、もっとして欲しいと思っている自分が居る事も。 「…芝崎…さ……もっと……」 「…結真君……」 「…ふぁ…んん……っ…」  芝崎の与えてくれるキスが、さらにもっと深くなる。まるで舌の奥まで届きそうなそのキスは、俺の身体の抵抗力をゆっくりと奪い去っていく。…俺の中を侵される。もしかしたら、そんな言葉が当てはまるのかも知れない。…それほど、芝崎のキスは上手かった。やっと解放されたかと思った時には、俺はもう身体の力が抜けてしまって、芝崎の懐の中にすっぽりと抱え込まれてしまっていた。 「結真君…。君は、誰かにこういう事をされるのは…初めて…ですか…?」 「……はい」  キスだけですっかり抵抗力を奪われてしまった俺は、力ない声でそう答えるしかなかった。 「…そうだったんですか。…じゃあ、自分で自分を慰める…ような事も無かった?」 「…無い…です……。」 「…結真君…。初めての相手が僕だなんて…君は嫌じゃありませんか?」 「え…?…いや、別に嫌ってわけじゃないけど…。…ごめんなさい。…俺、よく分からない。…でも…嬉しいです」 「本当に…?」 「…はい」 「結真君…。本当に嫌だったら、いつでも言ってくださいね?」  そんな気遣いの言葉をかけていながらも、芝崎の動きは止まっていなかった。 キスで俺の唇の中を探りつつ、その手はゆっくりと指を滑らせるようにして首筋から鎖骨へ、また鎖骨から更に下がって胸まで…と、ひたすら俺の身体を追いつめてくる。 「……っふ…ぅ…んんっ…」 「…君の綺麗な身体にこんな…。…僕は、とても申し訳ない事をしているような気がします」 「…そんな…。謝らないでください……っは…!あうぅ……っ」  芝崎の手が俺の胸に触れた瞬間、思いきりビクン!と身体が反応し、一瞬にして電流が走ったような感覚になった。この感覚は、キスをされている時とは違う。…咄嗟にそう思った。  このまま続けていったら、俺の身体はどうなってしまうんだろう…。 「…芝崎さん…。…お…俺…なんか変です……今の、なんですか…?」 「…結真君…感じてくれているんですね」 「……感じ…る…?…わ…分かんない……。…っう!……いっ…ぁああっ…!…ま…待って、芝崎さ…!!…待って……」  胸に触れる芝崎の手に翻弄され、俺の頭と身体はさらに混乱を極めた。 本当に、こんな感覚は今まで一度も感じたことがない。…何となくくすぐったいような、痛いような、意識が朦朧とするような…そんな俺のこの思いを、どう言えば芝崎に伝わるのかが全く分からない。彼が俺の胸を弄り続ければ弄るほど、同時に俺の下半身に意識が持っていかれそうになる。身体中の血がそこへ集中していく気がする。  それが影響しているのかどうかも分からないけど、俺の下半身の中心にあるそれが血の巡りに反応する様に、その首をもたげながら起き上がってくる。 「…え…うそ…。…なんで…!?」 「…ああ、反応しているんですね。…結真君、大丈夫ですよ。これは病気ではありませんから。…誰にでも起きる生理現象ですから、安心してください」 「…誰にでも…?…芝崎さんでもそうなんですか?」 「…そうですよ。だけど…結真君。このままだと苦しい…ですよね?」 「…う…よく、分からないけど…でも、少し…変な感じがする…」 「…そうですよね。今、楽にしてあげますから。…少し辛い思いをするかも知れませんけど…結真君。我慢…できますか?」 「…我慢……?」 「ええ。少しだけ、我慢していてください。…僕の顔を見なくてもいいですから」  そう言った芝崎は、すっかり反応して勃ち上がってしまった俺のものに手を添えて、ゆっくりと動かし始めたのだ。その瞬間、俺の頭は完全にスパークしてしまった。  さっきまで胸を弄られていたあのもどかしさはどこへやら、彼の手に一気に翻弄され、自分でも聞いた事のないような甘い声が漏れ出てしまう。 「…っは…ぁあっ…ああっ……んぁあああっ……!」 「…結真君…辛いですか…?」 「…だ…いじょぶ……っ…っあぅっ…」 「…ごめんね、結真君。…少し君に迷惑をかけてしまうかも知れない…」 「…え!?」  突然の芝崎の一言に驚いた俺は、それまで逸らしていた視線を彼の方へ戻した。 すると、芝崎は自分の下半身の着衣を少しだけずらし、張りつめて勃ち上がった自分のものを俺の下半身と摺り合わせ、更に強く動かし始めた。 「芝崎さんっ…あんた、何やって…!?」 「…いいから…!」 「…え!?ちょ…っ…待ってよ、芝崎さん!…これ、本気…!?」 「…一緒に達くよ、結真…!」 「…そんな…一緒に…って、やめてよ…。…本当に、そんなこと…しなくていい…から…」 「…結真……ゆう…ま…っ!」 「…ひ…っ…!…いや……あっ…!…芝崎さ…!…お、俺…なんか、変……身体…おかしくなる…!…なんか出る……あ、ふれ…る……!…っはぅう…い、やぁ……っ!!」 「…僕、も…!……結真…っ!」 「あ…っは…あぁあああーーーーーーーーっっ!!」  そうして、俺は芝崎に導かれるようにして初めての絶頂を迎えた。 芝崎自身もまた、俺とタイミングを同じくして、全ての精を解き放ったようだ。  初めて絶頂を越えた達成感と、芝崎に対する罪悪感が入り交じったような複雑な目で、俺が見つめたその瞬間の彼の顔は、確かに男だった。  これまでの芝崎にはあまり見られなかった、性に対して貪欲な男の顔だったのだ。 だがしかし、そんな彼を見ても、俺は不思議と気味悪さは感じなかった。…かつて、母を抱く父親を見ていた時のような、あのどうしようもないくらいの気持ち悪さがなかった。 …ただ、嬉しかった。芝崎が俺を求めて貪欲になるその姿を見ていて、自分は彼に本当に必要とされているんだと、改めて実感する事が出来たのだ。 「…結真君、すみません」 「…何で謝るんだよ…。」 「感じている君があまりにも可愛かったので、僕もつい抑えきれなくなってしまいました…」 「あんたなぁ…。四十男捕まえて可愛いとか言うなよ。……恥ずかしいだろ…」 「…僕のした事は気持ち悪くなかったですか?…今まで君は、こういう事に対してあまり良い印象は持ってなかったでしょう?」 「…そりゃもちろん最初は驚きましたけど…でも、芝崎さん優しかったから…大丈夫です」 「結真君…」 「…嬉しかった。…あんたが俺を本気で求めてくれてるんだって、実感できたから」 「…僕はいつの間にか、君の本質を見誤ってしまっていたようです。…君は強い人間だと思っていた。けど、本当の君はとても繊細で、傷付きやすい心の持ち主だったんですよね…。それ故に、君は純粋で…とても素直だ。…そんな君だからこそ、僕は本気で欲しいと思ってしまった。…好きです、結真君」 「…俺もです…。あんたは優しすぎる。…だけどその優しさが、俺にとっては何よりの心の拠り所にもなる。…包み込んでくれるようなその強い思いに…俺は今までのように、自分を偽れなくなってしまう…」 「良いんですよ。…もう無理して嘘の自分を繕わなくてもいい。…どんな君でも、僕は受け入れてあげますから。…君の全てをね」  そう言って、芝崎は再び俺にキスを与えてくれた。 俺と芝崎の心が1本の糸になって、繋がれた瞬間だった――。              

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