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scene.7 パンドラの箱
『…ほら、あの子。…自分の父親の葬式なのに、全然悲しそうな顔してないじゃないか。…やっぱり気違いなんだよ。…あの子、学校にも行かずにずっと家に居るんだってよ。…みっともないったらありゃしないね。あんなのが身内に居るんじゃ、あたしら親戚もどんな目で見られてるんだか…。嫌だ嫌だ。恥ずかしくて外も歩けやしないよ』
『それにあそこの母親は、元々は亡くなった旦那の愛人だったって言うじゃないか。母親が母親なら、息子も息子だよ。一族の恥だね、全く…』
『あんなのが居るから、あたしらもおかしく見られるんだ。もう世間体が悪いったら…』
『葬式が終わったら、もうこの家の人間とは二度と関わらないようにしなくちゃね。ウチの敷居も跨がせないようにしないと…あんなのは親戚でも何でもない。縁切りだよ』
『…結真くん。あんな言葉、気にしない方がいいよ。みんな自分勝手なんだから。』
『…分かってるよ。どうせ俺ら家族は親戚なんてみんな信用してないし…。』
『僕は信じてるよ。結真くんも、昭くんも、季美枝おばさんも。』
『…兄ちゃん、ずっと傍に居てくれればいいのに…。』
『結真くん、ごめんね…。僕はもう、帰って来られないかも知れないんだ。今度、母さんの実家に戻る事になったから。引っ越すんだよ。…だけどいつか…僕がもう少し大人になったら、きっと結真くんに会いに来るよ。』
『ホントに?…本当に会いに来てくれる…?』
『うん、会いに来るよ。約束する。』
『絶対だぞ、絶対だからな!』
『うん、分かった。』
『…兄ちゃん…!!』
『…あーほら、そんなに泣くんじゃないよ。もう子供じゃないんだから。』
『…だって…だって……!』
『…分かった分かった。じゃあ、結真くんが落ち着くまで、僕がこうしててあげるから…。』
◇ ◆ ◇
「…夢、か…」
俺は夜中に目が覚めた。もう随分と見ていなかった夢だ。
この当時の事は、今でもおぼろげに覚えている。父親が亡くなり、自宅で通夜と告別式を出した時の出来事だ。周りの親戚達を集めて法事の席を設けたのだが、本来は遺族であるはずの俺たち親子を遠目に見て、軽蔑や嘲笑の対象にしている者が居たのも確かだった。
そんな時、俺の近くに居た同年代くらいの人がさりげなく声をかけてきて、俺の事をずっと気遣ってくれていた。今はもう名前も顔も思い出せないような人だったが、当時の俺は、その人の事をずっと「兄ちゃん」と呼んで慕い続けていた。…俺がずっと慕い続けた「兄ちゃん」。俺の中にある遠い記憶のあの人は…一体誰だったんだろう…。
「…結真君!結真君!!起きてますか!?」
それは、本当に突然のことだった。
いつもならもっと静かにノックしてくるのに、この時のドアの外から聞こえてきた芝崎の声は、とても焦っていた。一体何事かと俺がドアを開けると、そこに見えたのはいつもの柔らかい表情の芝崎ではなく、焦りと憔悴の入り交じった表情の芝崎だった。
「…芝崎さん、どうしたんです?こんな遅い時間に」
「…起きてたんですね。なら良かった…」
「…つーか、無理矢理起こされたんですけどね。…夢に」
「夢?…悪い夢でも見たんですか?…って、そうじゃなくて!…結真君、驚かないで聞いてください」
「…はい」
「先ほど、連絡が来ました。…匠が…殿崎君が亡くなったそうです」
「…え!?」
「僕もまだ、詳しい事は分かっていません。…ですが先日、亡くなったと…。」
「…そんな…まさか…」
これぞ青天の霹靂というべきか。俺と殿崎は、ついこの前二人で話をしたばかりだった。
それがこんなに早い展開で別れる事になろうとは。話をしていた時は、こんなにあっさりと亡くなってしまうような不可思議な要素は何一つ見当たらなかった。…俺に託したあのシザ―の一件を除いては。ただ、殿崎のあの行動だけが…俺の中に違和感を残したのだ。
「…一体何があったんでしょう…」
「それは僕も分かりません。僕は昔、彼と一緒に働いていましたから、彼のご家族の方ともお話しする機会は確かにありましたが…まさかこんな形で知らされるとは…」
「連絡してきたのはご家族だったんですか?」
「…はい。殿崎君には同じ業界で働く妹さんがいらっしゃるのですが、今回の訃報はその妹さんからだったんです。…けど、妹さんも彼の死は突然の事だったようで、随分と困惑しているようでした…」
「…まさか…自殺…とか…。それとも、身体的疾患による突然死か…どっちにしても、いい気分にはなりませんよね…」
「…匠が…自殺…!?…そんな事、あるはずがない…!」
「…芝崎さん、ものの例えです。…俺だって、あの人が自ら命を絶つような人じゃないって信じてますよ。じゃなきゃ…いや、何でもないです」
俺は一瞬だけ言葉に出しかけたことを押し留めた。それを伝えた所で、芝崎にとっての殿崎の存在を否定する訳にはいかなかった。彼の心の中には、殿崎と二人で過ごしていた頃の沢山の思い出が今でも残されているのだ。
その思い出を、絶対に忘れさせてはいけない。消してはいけない。…そう思った。
「…もしかしたら、あの時の匠の言葉は、いつか自分がこうなる事を想定していたから…?」
「あの時…?」
「先日、僕が彼と会った時の事です」
それはもちろん、あの夜の事だろう。10年ぶりに戻ってきた殿崎がマンションの前で待ち伏せして、芝崎を引き留めた時のことだ。恐らくその夜に、彼は殿崎から今回の一件の引き金になるような言葉を聞かされていたのかも知れない。
「…匠…。君に一体何があったの…?僕に何を伝えたかったの…?…どうして僕を置いて先に逝ったりしたの…!?」
「芝崎さん、落ち着いて。…明日、いやもう今日か。一緒に行きましょう、彼の所へ。」
「…あ。そう…ですね…。すみません」
普段はとても冷静なのだが、ここへ殿崎の存在が絡んでくるとどうしてこうも急に人が変わったようになってしまうんだろう。…あの芝崎が、これほどまでに取り乱すなんて。
俺も存外こういう事にあまり耐性があるとは思えないけど、芝崎のそういう所は、俺も未だに掴みにくいのだ。
俺は、そわそわと落ち着かない感じの芝崎の頬に自分の手を添えて、ゆっくりとその唇に向かってキスをした。…もちろん、全て分かった上で。
「…結真…君…?…どうして…?」
「だってこの前、芝崎さんも俺に同じ事したでしょ?…その時のお返しです」
「…結真君……。」
「…落ち着いた?」
少しだけ意地の悪い言葉で、彼を軽くからかってみる。
すると芝崎はくす…と笑って、俺がしたのと同じように、そのまま仕返しをしてきた。
そして、どちらともなく笑い出してしまったのだった。
◇ ◆ ◇
――夕方。地域の葬祭センターに俺たち二人は来ていた。
葬祭センターという場所柄もあり、やはりあまりいい気分では居られない感じはする。
遠目から聞き慣れた声が聞こえてきたのでそちらの方に行ってみると、同じく訃報を聞いてきたのだろう、みわ子さんの姿が見えた。
「…みわ子さん」
「やっぱりそうだったんだ。…びっくりしたわよぉ。夜中のけっこう遅い時間に、杏奈ちゃんから連絡が来て…」
「杏奈ちゃん?」
「匠くんの妹さんの名前よ。杏奈ちゃんも同じ業界に居るから、店舗オーナー関係の連絡網があってね。まさかと思ったわよ」
「…結局、殿崎さんが亡くなったのっていつ頃だったんですか?」
「それがね、昨日の夕方過ぎだったらしいの。詳しい話はあたしもよく分からないんだけど…知り合いの話によれば、末期の癌だったとか何とか…」
「え…!?」
俺が殿崎と会った時には、彼の様子にそんな感じは全く見当たらなかった。それは芝崎の方も同じように感じていたようで、信じられないという思いがその表情から見て取れる。
だがそう言われてみれば、彼が俺や芝崎に対して最期に残した言葉の意図も分からなくはないな…と、それなりに納得出来るような気はした。
「…末期癌か…。殿崎さんの年齢じゃ、仕事もまだまだこれからだったんだろうに…」
「…そうよねぇ…。…とは言え…護くん、どうする?…とりあえずお焼香だけして帰るようにする?…それとも…。」
「…いえ、僕は大丈夫です…。…匠の事も、最後まで見送りますから…。本当に無理なら、なるべく結真君に声をかけるようにします」
「…え、俺?」
「あら?随分と結真くんを信頼するようになったのね。…あれから何かあった?」
みわ子さんの言う「あれから」とは、芝崎がダウンした時の話だろう。
確かに、あの頃からの俺たち二人は本当にいろいろな事があった。あの短い期間の中で、よくもここまでいろんな事が起きたなぁとしみじみ思う。その度に、俺たちの信頼関係が少しずつ繋がっていくようになった。その中に、殿崎の存在があった事も確かに否めない。
そうなのだ。突如として現れた殿崎の存在が、皮肉にも俺たち二人の糸を繋ぎ、そしてこれまでの信頼関係を作り上げてきたのだ。だからこそ、俺たち二人の間では決して殿崎の存在を忘れてはならない。…俺は自然とそう思った。
「そっか…。今までずっと護くんに何かあったら今度は私が、って思ってたけど…結真くんが居るなら、そんなに心配しなくても大丈夫かな?」
「みわ子さんて…何かお母さんみたいですよね、俺たちの」
「お母さん?私が?あんた達二人の!?…いや、流石にそれはないわ。こんな子供、二人も抱えてたらこっちがたまらないわよ。…あたしまだアラフィフなのに!」
「えーーーー!!??」
みわ子さん衝撃の告白…。この人、そんな年齢だったのか…。
人は見かけによらないとはよく言ったものだ。芝崎の外見と実年齢のギャップを初めて知った時もそうだけど、みわ子さんはそれ以上だ。この人の場合は、いわゆる『美魔女』とかいう例えがすごくしっくり来る人だと思った。二人を見ていると、年齢は外見と比例しないという事を改めて思い知らされる。
一度は夫婦として共に生活していながら、その後お互いの仕事に対する考え方やそれぞれの思いを尊重する為にその関係を断ち切り、パートナーとしての道を選んだというこの二人は、もしかしたら出会うべくして出会ったのかも知れない。
そんな二人の魅力に、自然と惹きつけられていった俺もまた…出会うべくして出会ったのかも知れない。
人との出会いとは、本当に不思議なものだ。この二人に会わなければ、今のように他人との距離感を気にせずに、気軽に話せるようにもならなかった。
ずっと俺の心の中にわだかまりのように残っていた父親との確執も、今なら許せるような気がした。…俺が苦手だったあの頃の父親の気持ちも、今なら理解できるような気がする。
俺の両親は、最初の出会いこそ妻子持ちの男とその愛人という、世間一般には到底受け入れられない関係からの始まりだった。
だがあの二人は、例え周りの人間達が何を言おうと、その言葉には一切振り回されることなく、それぞれを思いあうお互いの気持ちを尊重しあって生きてきたのだと思う。
まだ子供だった俺には過激すぎたあの出来事も、当時の両親にしてみればひとりの男、ひとりの女としてお互いの心を繋げていられる瞬間を大切にしていたかったからで、短い時間の中でいかに過ごすかと考えた結果、ああするしかなかったのかも知れない。
そんな事を改めて考えてみると、俺と芝崎の間にある関係の繋ぎ方というのも、どこかにそんな両親の影響があるような気がしなくもない。…彼には、みわ子さんという人生におけるパートナーと、かつて恋人のように愛し合っていた殿崎という存在があった。
俺は、そんな二人の人間との長い関わりがあったはずの芝崎という男に、奇しくも惹かれてしまったのだ。…考え方を変えれば、俺は自分がずっと反面教師にしていたはずの父親と全く同じ行動を、芝崎に対して起こしてしまった事になる。
―やはり俺は…そんな父親の壁を、乗り越えることが出来なかったのかも知れない――。
「…カエルの子はカエル…か…。はは、確かにそうなのかも知れないな…」
今日久しぶりに見た夢の、あの通夜の日の出来事が急激に俺の頭の中に流れ込んでくる。
あの時の親戚の心ない言葉が、俺の中に深く突き刺さってくる。しかも今は、場所は違えどあの当時とほぼ同じ状況下だ。…何となく心がぞわぞわしてくるのが分かる。
それと同時に、急な眩暈と動悸が襲ってくる。…意識が遠のきそうになりながらも、俺は咄嗟にまずいと思った。…これは…来る。…過去の体験からそう思った。
「…結真君、どうかしましたか?」
俺の様子がおかしい事に気付いたのだろう。芝崎がすぐそばに付いて、俺の身体を支えるようにゆっくりと会場の外へ連れ出してくれた。
「…護くん、どうしたの?」
「結真君の様子がおかしいんです。…これはもしかしたら…」
その後の言葉を待たずして、みわ子さんもすぐに分かったようで、同じように会場の外へついてきてくれた。
「…護くん、なるべく刺激しないでね。…あたし、飲み物買ってくるわ」
「分かりました。お願いします」
そうした二人の会話も、今の俺にはなかなか飛び込んでこない。眩暈と動悸もすぐには治まらず、むしろ段々症状が重くなってくる。…このまま過呼吸に陥るのは時間の問題だ。
「結真君、落ち着いて。大丈夫ですから。…ゆっくり深呼吸してください」
意識が朦朧としていく中で、僅かに聞こえてくる芝崎の声を探しながらも、俺は何とか自分の精神状態を戻そうとするだけで精一杯だった。
夢の中で聞いたあの軽蔑と嘲笑の声が、頭の中でぐるぐると回っては消える。その声を遮断しようとすればするほど、それに伴って頭痛が更に酷くなる。
「…っ……」
「…結真君…大丈夫ですから。僕は此処に居ます」
「…兄ちゃ…たす…けて…!」
「…え…?…」
自分でもまさかと思った。何故そうなったのかは分からない。
混迷していく意識の中で、俺は無意識にかつて慕い続けてきた優しい「兄ちゃん」の存在を探し出そうとしていた。「兄ちゃん」なら、俺を救ってくれる。あの時のように、俺をもう一度引き戻してくれる。…そう思っていた。
――今はもう、そこに居ないと分かっているのに――。
『…大丈夫だ。…僕は此処に居る。いつも君の傍にいる。…だから戻って来い、結真!!』
その言葉がはっきりと聞こえた瞬間、自分の心の奥で閉ざされていたシャッターのようなものが、急速に開かれたような気がした。
霞のように曇っていたはずの意識が一気に弾かれ、ゆっくりと症状が落ち着いていくのが自分でも分かる。そして再び現実へと戻っていく過程で、俺はやっと思い出した。…この時の感覚が、かつて俺を助けてくれた「兄ちゃん」の優しさと同じものだと言うことに。
――ああ、良かった――。
「兄ちゃん」はこうして今もずっと、俺の事を見守ってくれていたんだ。…俺は、それがとても嬉しかった。
意識が平常に戻り、症状が落ち着いて再び気が付いた時には、俺はまたしても芝崎の懐の中に抱え込まれていた。そんな俺を見る芝崎の目は本当に心配そうだった。…が、それが分かった瞬間、今度は俺の方が言いようのない恥ずかしさを感じてしまった。
「…え、うそ…。待って…俺…っ!?」
「…良かった。一時はどうなるかと思いました…まさか此処で君がフラッシュバックを起こすとは。…さすがの僕も戸惑ってしまいました」
「…芝崎さん…。…ごめん…なさい…。…俺、もう大丈夫だから……離して…」
「…ああ、そうでした。…でももう少しだけ、このままで。…可愛い君を手離すのが、何だか名残惜しいです…」
「…いや、でも此処…公衆の面前…っ!」
「…結真君、君はもっと自分をさらけ出してもいい。しなくても良い我慢はするもんじゃありませんよ」
「…いや…あの…そういう事じゃなくて…みわ子さんもいる訳だし…」
何とかして芝崎の手から逃れようと、俺は身体を捩って抵抗する。だがそういう時に限って、彼の力は半端なく強いのだ。これでもかと言わんばかりにきつく抱きしめられてなかなか動けない。…なので、俺は仕方なく抵抗をやめた。
「…何であんたはそういう時ばかり意地が悪いんだよ…。俺、何にも出来ないじゃん…」
「それだけ君の事を心配しているんです。…君は本当に危なっかしい。他人に対して気を遣いすぎるんです。どうしてもっと素直に言ってくれなかったんですか。…僕はずっと君の事を見守っていたのに」
「…それは…」
「…こうなるって分かっていたら、僕は君にこんな事はさせなかった。…君と一緒に此処へ来るつもりもなかった。…あんな辛い思いは、もう二度と君にはさせてなるものかと、あの時にそう誓ったはずなのに…。僕はまた、君を傷付けてしまった。…本当にすみません」
「…謝らなくていい…。悪いのは芝崎さんじゃない、俺です。…俺が昨日、その場の勢いであんたにあんな事を言わなければ、こんな事にはならなかった。過去に同じ事があって、自分でも分かってたはずなのに…」
「…君を一人にさせてしまった時間が長すぎて、僕はすっかり忘れていました。…僕の事をあんなにも慕ってくれていた子が、今の結真君なのだと…気付くのが遅れてしまった。…本当にすみませんでした」
「え…待って、芝崎さん。…俺は…」
「前に教えましたよね、僕の本家姓が君と同じだと。表記は違えど、先祖は同じ家系ですから、どこかで会っているかも知れない。そういう話をしたのを覚えていますか?」
「…あ…!」
そう言われて思い出したのは、俺が芝崎のサロンに初めて来た時の事だった。
あの時はただの偶然かも知れないとお互いに認識して、その場だけの話として終わったのだ。
だがこの後、芝崎が俺に語った全ての真実とそれまでの経緯を知った俺は、ただただ驚愕する事しか出来なかった…。
「君の父親が亡くなった時、僕もあの場に居たんですよ。…当時はまだ僕も本家に住んでいましたから。僕の父親と亡くなった君の父親とは親戚筋で、それぞれに付き合いがあったんですよ。…母も自分の仕事が忙しい時には、まだ幼かった僕をよく君の家に預けていたそうです。…親子共にそれぞれ年齢が近いから巡り合わせも良くて、僕の家と結真君の家と、かなり活発な交流をしていたみたいですよ」
「…そんな…。…俺、覚えてない…。芝崎さん、本当に俺の事、知ってたの…?」
「…小さいうちはね。でも君は、いつも部屋の隅に隠れてずっと一人で座ってたから、季美枝さんも心配になって僕の母親に相談して、君と年齢の近い僕を君の傍において、君が淋しくならないように…という意味も含めて、僕を預けていたと」
「……。」
「結真君が僕の事を『兄ちゃん』と呼んでいたのは、恐らくその頃でしょうね。その後、僕は高校卒業と同時に母の実家に戻る事になったんです。…その1ヶ月くらい前ですね。君の父親の葬儀があったのは」
そんな話を聞いていくうちに、俺は自分の心の奥で、ずっともやもやしていたあの夢の本当の意味と、そこに隠されていた真実が全て繋がった、と思った。
人付き合いが苦手だったはずの俺が、芝崎やその周りの人達の前では普通に話せていた事も、俺が自分の過去を曝け出してしまっても、彼に抱かれて初めての経験をしてしまった時の事も…全ての原点が、子供の頃に出会った「兄ちゃん」の存在にあったのだ。
「…あれからずっと、君の事を心配していました。僕がいなくなった後、結真君はどうするんだろうかって。…あの頃の君は、精神的にかなり荒れていたと聞いていましたから…僕がいなくなってしまったら、君は自分が生きている事すらも耐えられなくなってしまうんじゃないかって…ずっとそんな事ばかり考えていました。…でも、今こうして僕の前に居る君は、もうあの頃の弱い君じゃない。暗くて辛い過去を乗り越えて、時にはその時の経験を教訓にして、僕に勇気を与えてくれたり叱ってくれたり…今を一生懸命生きている君が、とても愛しいです」
「芝崎さん…」
「でも…別れてしまったあの日から、今のこの瞬間まで…約20年近くもの長い間、僕は結真君を一人にしてしまった。…許してください」
「それは…もういいよ。あんたは何も悪くない。…これからは、その空白の時間を少しずつでもまた埋めていけばいいんだよ、二人で。…そうでしょ、兄ちゃん?」
「…え?…」
「あーダメだ!…この歳になってまであんたを兄ちゃんとか呼ぶ今の俺、すんげーこっ恥ずかしい!!」
「…結真君。顔、赤くなってますよ?…やっぱり君は本当に可愛いですね、今も昔も。…ちなみに僕は、別にどう呼んでもらっても構いませんけどね。…全ては君次第、ですよ?」
「だーーもうっ!…あんたホント意地悪いっ!!…ああ…なんで俺、こんな奴に懐いちゃってたんだろう…」
天使の顔をした悪魔とは、よく言ったものだ。
だがそれでも、俺はそんな芝崎が好きなのだ。真面目すぎてとっつきにくい所も、こんなお茶目な話で俺を翻弄する所も、俺に本気で喰いついて、時々男の顔を見せる所も。
――だからもう、俺は迷わない。それが全て、俺が本気で惹かれた「芝崎護」という男な
のだから。
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