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第3話

「柳瀬くんは本当に綺麗だね」  店じまいを始めた柳瀬を伊与田が呼び止める。  時刻は午後八時過ぎ。閉店は九時だが、この時間からはほとんど客は来ない。  レジの清算を始める柳瀬の邪魔にならない程度に、伊与田は話を続ける。 「女の子みたいに綺麗な顔立ちなのに、細くてしなやかな身体つきをしているでしょう。肌もすべすべつやつやだし、髪の毛だってさらさらしている。僕みたいなオジサンからするとうらやましい限りだよ」 「伊与田さんこそ男らしくてハンサムで、僕など霞んでしまうほど女性にもてるでしょうに。さすが、僕の師匠です」 「それは嫌味かい? 君目当てに毎日何人女性客が来店すると思っているの。特に新規のお客様は、ほとんど君が声をかけた途端に目がハートになっている。もてる男はつらいねえ」 「とんでもない。僕はこれまで女性とお付き合いしたことはありませんよ」 「それは君が美しいのがいけない。隣に並ぶ女性が可哀想だ。連れ歩くなら、まだわかるけどねえ」 「僕はどうせお人形ですよ。服を着て歩くなら、ここにあるトルソーと変わりはしない」  柳瀬は自嘲気味に言ったが、実際彼の華奢な身体にはスーツがよく似合う。そうするとよりいっそうの磨きがかかるのだ。周囲の注目は間違いなく柳瀬に向けられるのだろう。それが我慢ならない女性たちが数多いようだ。 「そういえば柳瀬くん。彼女を作る気はないのかい?」  伊与田の話は終わらない。これもいつものことだ。  寡黙な柳瀬とは対照的に、伊与田は話し上手で、ことに恋愛話が大好きであった。五年も付き合いがあれば伊与田の話は簡単に受け流せる。  釣銭の確認に売上の集計。いくつもの数字と格闘しながら、柳瀬は伊与田の問いに答える。 「ええ。興味がないですから」  これも、いつもの答えかただ。

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