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第2話

 葬儀を終えても、トオルの日常は戻らなかった。  生涯でただひとり愛した女性・ミシェルは、もうこの世のどこにもいない。  トオルは家にこもるようになり、抜け殻のような生活を送るようになる。  その廃れぶりはミシェルの両親から見ても異常だったようで、時が経つごとに訪問の回数は減り、ここ二、三ヶ月は電話の一本も入らない。仕事にいたってはとうの昔に辞めていた。  トオルはミシェルの墓標に向かって話しかける。毎日の日課だ。 「おはよう、ミシェル。今朝はとても霧が濃い。幻想的な街並みを君と一緒に見たかった。昨日の雨は大丈夫だったかい? さぞかし寒かったことだろう。君をひとりにしてしまい、本当にすまない。私もすぐに君の元へ逝くから――」  と、ここでトオルは皺がよった口元を軽く引き上げる。 「――と言いたいところだが、そんなことを言ったら、君は私をひどく怒るだろうね。命を粗末にするな、と。大丈夫だ、ミシェル。私はそこまで弱くはない。君にとっても私にとっても恥ずかしくないように生きて、天寿をまっとうするから。だから、最後まで私を見ていてほしい。私にとって君は最後の支えなのだ」  トオルは跪き、生前のミシェルと同じように墓標を撫で、冷たい石にキスを落とす。トオルの奇怪な行動を遠巻きに見ている人影もあったが、トオルにとって、この墓標はミシェルそのものなのだ。 「ああ、ミシェル……私の愛おしいミシェル……」  トオルはこれまでに何度も口にした愛の言葉を囁く。  土の中で眠っているミシェルには当然届かないのだが、その存在を感じられるだけでもトオルは幸せだった。

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