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第5話
ジェレミーの家は墓園から車で小一時間ほど走らせた、高級住宅地の一角にある。真っ白な外壁に、植物をモチーフにした美しいアールヌーボー建築。裏手には小さな教会まであるという。
ジェレミーの家は、家と呼ぶよりも屋敷と呼ぶほうが相応しいだろう。それほどまでに豪奢な建物だ。
銀行員のトオルも稼ぎはあったが、親の代からの資産家でもあるジェレミーには遠く及ばない。出会って三十年ほど経つが、あまりにも顕著な資産の差に、トオルは溜め息しか出ない。
ジェレミーに連れられて向かった先は、屋敷の奥にある彼の私室である。トオルをソファーに座らせると、ジェレミーは女中を呼び、ふたり分の紅茶と茶菓子を用意させた。
「この茶葉は日本から取り寄せたのだ。もちろん、最高級なのは英国産のものが、日系人の君にはこういったもののほうが楽しめるのではないかと思ってね」
ジェレミーは日本から取り寄せたという茶葉についてのうんちくを語るが、トオルはあいにく紅茶に関して――というよりも食全般に対してさほど興味がない。飲み食いできればそれでいいと思っているタイプだ。
ジェレミーは抽出時間がどうだの、香りがどうだのと言うが、トオルはそれらを聞き流した。
紅茶も茶菓子も絶品だ。美味しいと思う。
だが、それだけだ。
ミシェルを喪ったいまでは、食を楽しむ余裕はない。
そんなトオルの様子にジェレミーは気づきながらも、語りを止めることはなかった。
「ところでトオル。君に話しておかなければならないことがある」
「話?」
「今後の私と君の関係についてだが、君には私の言葉を真摯に受け止めてもらいたい。約束できるかい?」
「それは今後の治療方針のことか?」
「そう受け止めても構わないが……トオル、君は私をどう思う?」
「どう、とは? 君は私の友人で、担当医だ。それ以上の言葉が必要なのかい?」
ソーサーを持つジェレミーの手がビクリと震える。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。
トオルは気まずくなり、自分のカップに目線を落とす。正面からジェレミーの顔を見ることができなかった。
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