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第9話
呆然とするトオルをよそに、ジェレミーはいったん退出し、数分も経たないうちに大きな花束を手に戻ってくる。ジェレミーの腕に抱えられた花束を見て、トオルはさらに言葉を失った。
「……ジェレミー、これは何の冗談だ?」
それは漆黒の薔薇の花束だった。
「冗談? トオルは冗談が好きだね。ああ、もしかして、いまの発言は先日の私に対する意趣返しのつもりだったのかい? それならば面白いね。トオルのセンスには脱帽だよ。君にそんな才能があったとは、長い付き合いだが知らなかったな」
「ジェレミー、いい加減にしてくれ! 君は私を虚(こ)仮(け)にするつもりかい?」
「虚仮? どうしてそう思う?」
ジェレミーはきょとんとした顔でトオルを見つめる。
「女性でもあるまいし、私が花束をプレゼントされて喜ぶとでも思っていたのか? 赤い薔薇ならばともかく、黒の薔薇だと? 縁起でもない。これならば白百合のブーケを貰ったほうがまだマシだ」
「じゃあ訊くが、私が君に白百合のブーケを贈ったあかつきには、君は私と同じ墓で眠ってくれるのかい?」
「そういう意味じゃない! まったく、どうして君に伝わらないのだ。私が言いたいのは――」
「君に似合うと思ったのだ」
「……何?」
「君の綺麗な黒髪に、この薔薇はぴったりだと思ったのだ。君は喜んではくれなかったけどね」
ジェレミーはシニカルな笑みを浮かべつつも、トオルに漆黒の花束を押しつける。だが生花独特の、トオルが苦手としている芳醇な香りは嗅ぎとれない。だからといって造花でもない。
トオルの戸惑いを見抜いたジェレミーが答えを告げる。
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