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第10話

「この薔薇には防腐処理を施してある。君が強すぎる花の香りが苦手だということはもちろん知っているからね。こうしておけば永久に美しさを保っておけられるだろう?」 「……君の美学と私の美学は相反するようだ。花は散るからこそ美しい。美しいままを保持すると考えるのは傲慢な人間のすることだ。私には理解できない」 「じゃあ君は、ミシェルの死に顔を見たときに思わなかったのかい? この美しさを保ったまま、これからも共に暮らしたいと、そう思わなかったのかい?」 「それこそ倫理に反する。ミシェルの死はいまでも認めたくはない。だが死者は生き返らないのだ。君は私に死体と暮らせと言いたいのか? 私と妻を侮辱した罪は重いぞ」 「たとえ倫理に反することだとしても、私は愛する人とは最期のときまで共に過ごしたい。トオル、私の考えは間違っているのだろうか?」 「ああ、そうだ。ジェレミー、昔からそうだが、君の恋愛観は少々鬱屈している。それでは理解されないのは当然だ。少しは考えを改めてみたらどうだい? 老いを感じさせぬ君の容姿なら、伴侶はすぐに見つかるだろうよ」 「……トオル」  ジェレミーが腕を伸ばし、トオルの黒髪に触れる。 「君のこの綺麗な黒髪が私は好きだった。君のほうこそ、いつまでも年を取らない。トオル、君はいつ見ても美しい。だがその美しさは、ミシェルの死を境に、少しずつ失われている。私にはそれが我慢ならない。君を愛しているのに――ははっ、こんなことを言ったらまた君に嫌われてしまうだろうから、これ以上は言わないでおくよ」 「ジェレミー……」 「トオル……私は本当に君を愛しているのだ」  髪を撫でる指先が、頬骨の浮き立つトオルの顔に添えられる。

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